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熱血父ちゃん日記「母さんが僕と息子に教えてくれたこと」 Posted on 2022/09/28 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、母親とは何か、と考えていた。
すると、当然、母さんのことをいろいろと思い出した。
あの人は九州の女だからか、昔から負けない人だった。
小さいけど、背筋を伸ばして、凛とした人だった。
母さんがぼくにガッツを教えてくれた。
前向きに生きろ、とよく訴えてきた。笑。
幼い頃のぼくに母さんが何気なく言ったいくつかの言葉たちが、ずっとぼくの心の指針であった。
そういえば、小学生くらいの頃、ぼくは弟を殴ったことがあった。
殴ったと言っても、兄弟げんかである。
もの凄く頑固な弟なので、とっくみあいになったが、手を出したのはぼくだった。
その時、じっと見ていた母さんが、一言、「気がすんだのか、それで」と言った。
この言葉はぼくをうしろめたくさせた。
気が済むはずがないだろ、ということだった。

熱血父ちゃん日記「母さんが僕と息子に教えてくれたこと」



それで、というのは、そんなこと、という意味だった。
そんなことをして、お前は満足なのか、とぼくには聞こえた。
それから、母さんはぼくに、
「世界がこんなに広くても、お前には血が繋がった弟はたった一人しかいないのだ。世界に二人しかいない兄弟が喧嘩をしてどうする」
と言った。
その言葉はずっと僕の心の中に残った。
世界で二人しかいない兄弟・・・。

母さんは料理が得意だった。
時間があればいつもキッチンに立っていた。
今、思えば、ぼくが料理をするようになったのはこの母の後ろ姿を見て育ったからであろう。
「苦しくなったら、こうやってガンガン炒めて、ジャンジャン食べれば人間はふたたび元気になる。だから、人間はおなかがすくんだよ。おなかがすくのは生きろということだよ」
と教えてくれた。
だからぼくは食べることや料理を粗末にできない。
母さんがぼくに教えてくれたことは「丁寧な料理」だった。
だしをきちんと煮干しでとって作った母さんの味噌汁を超える味噌汁に出会ったことがない。
キッチンに行くと、いつも、何かの料理の下準備がはじまっていた。
なんか、美味しそうな匂いがした。
なんか、部屋があたたまってきた。
それがぼくの心をいつも、なんか、幸せにさせた。
そういうものが愛情だと思った。

熱血父ちゃん日記「母さんが僕と息子に教えてくれたこと」



熱血父ちゃん日記「母さんが僕と息子に教えてくれたこと」

87歳になった母さんは、もちろん、とっても元気だが、やっぱり若い頃のガッツある母さんとは少し違っている。
最近は物忘れも激しくなった。
先日は、一分前の記憶がない、と大騒ぎになった。
十数年ほど前に頭の手術をしてから片方の目が見えなくなった。
息子はおばあちゃんっ子、だから、母さんの物まねがとっても上手だ。
「あら~、あらあら、ありがたいね」
息子の物まねはぼくを和ませてくれる。
そこに、ぼくが良く知る、若い頃の母さんがいるからである。
母、ぼく、息子、三世代が繋がる時、ぼくは人類の長い連なりの中にいる自分を知ることになる・・・。
ぼくが美味しいご飯を作ると、息子は母さんの真似をしてぼくを笑わせる。
息子がぼくから習った「卵焼き」や「ハンバーグ」や「おにぎり」の中に、こっそり、潜んだ母さんがいる。
おにぎりの中に入った具のような感じで、食べると分かる、いるいる、と思うのだ。梅干しのかわりに、母さんが、いる。
ぼくの母さんの味なのである。
その味を息子が踏襲して、引き継いで、これからの世の中(彼の世界)に広めようとしている。
祖母父子飯、とでも呼んでおこうか。
息子の子供たちは、間違いなく、その味で、育っていく。
そこには「日本」がある、九州の卵焼きに貪りつく息子の子供たちの中に、死んでもしぶとい、ガッツだぜ母さんがいる。
その握り飯を食べ続けた子たちの中から、フランスを代表する偉大なシェフが出現するかもしれない。
いやいや、ありえる、ありえる、アリエール!

息子は昔のガッツある母さんのことを知らない。
彼が知っているのは腰の曲がった記憶がよく飛ぶ元気なおばあちゃんでもある、あの「ババ」だ。
でも、それでいい。
母さんから教わった言葉を、ぼくは今、大学生になった息子に伝授している。
「よかか、辛い時、苦しい時は、じゃんじゃん炒めてがんがん食べろ。満腹になってごろんと寝て、起きたら、その悔しさは新しかエネルギーになっとったい!!」

つづく。

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