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滞仏日記「人生は常に、よーい、スタートの繰り返し」 Posted on 2019/07/08 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、博多といえばやはりラーメンだろうか。でも、丸天うどんも美味しいし、水炊きも美味しいし、もつ鍋もうまい。明太子もあるし、高菜チャーハンもあれば、ゴマサバとか、ああ、博多だな、というものがそこら中に溢れていて、クランクインを目前に、辻組撮影隊の腹も鳴る。食いしん坊の僕は映画の準備に追われながらも時間があると路地に潜りこんで美味しいものを漁っている。今日は子役の演技指導をやった後、スタッフを誘って行きつけの屋台に顔を出した。日曜日なのに、やってるんだね。カメラマンや照明技師や弟や装飾部の子たちと屋台を占拠してわいわい騒いだ。おでんを食べて、豚バラ食べて、明太子イワシ食べて、土手焼き食べて、とんこつラーメンをすすった。撮影前なのにこんなに盛り上がっていいのかというくらい飯の誘惑に心を奪われた中洲の夜であった。でも、その心は熱く煮えたぎっている。その心はいよいよ迫ったクランクインへと向かっている。

僕の実家は福岡にあり、僕自身、幼稚園から小学校の終わりまで福岡の高宮で育っている。大人になって音楽をやるようになってお酒が飲めるようになってやっとこの中洲に足を踏み入れた。14の橋で連結した川中島だが、地図などで見ない限り、島だとはわからない。けれども、ここを目指して世界中の人たちが毎日何十万人と訪れるというのだから、すさまじい。その中洲のど真ん中で僕らは今、映画を撮ろうとしている。しかも、博多祇園山笠にまつわる映画を・・・。

夜になると酔っ払いたちが溢れて、いざこざの絶えない歓楽地のど真ん中で果たして本当に映画なんか撮れるのであろうか? それは東京で言えば歌舞伎町のど真ん中でカメラを回すような無謀である。スタッフがトラブルに巻き込まれないようにしなければならないし、俳優たちが怪我や事故がないようにしないとならない。映画監督というのは撮りきることだけ考えていればいいという仕事でもない。大部隊を率いる長なので、あらゆることに気を使わないとならず、正直、酔いたいのに酔えない歯がゆさの中にいる。

小説「真夜中の子供」を書くにあたって、僕はとことん中洲と向き合った。そして、映画「真夜中の子供」を撮るにあたって、僕はさらに中洲の中に潜り込んでここの人たちの息吹を嗅いで回った。パリで息子と暮らす僕だが、この数年、僕の心は中洲とともにあった。そしてようやく、今日、僕は中洲入りした。スタッフらと撮影地の最終確認などに追われた。いよいよ映画の撮影がはじまる。プロデューサーの黒江氏とこの企画について議論をしたのが、もう遠い昔のことのようだ。その時、この日が本当に訪れるといったい僕はどこまで確信していたであろう。脚本家の岡田恵和氏とこの映画の物語について語り合った日が何十年も前のことのように思えてならない。いくつもの試練やいくつもの壁を乗り越え、なんとかここまでたどり着くことが出来た。この作品は日本とインドネシアとの合作になる。ゆくゆくはアジア諸国での公開を視野にいれた、僕にとってはじめての合作映画である。過去10作品の中でも、規模も内容も最大のものとなった。中洲の突端に立ち、カメラマンの蔦井氏らと暮れなずむ博多の夕景を眺めながら、ついに来たね、と確認しあった。明日、明後日には最初の「よーい、スタート」が響き渡ることになる。博多は熱い。この歴史ある日本の神事を、そのドキュメントを、切ない物語を、世界に発信したいと思う。何も期待はしていない。でっかい夢や極端な欲はない。ただひたすら、最高の仕事をやり遂げたいと思っているだけだ。最高の仲間たちと最高の時間を共有したいと思っている。そして博多の人々の人情の深さをこの映画という芸術の中に強く強く刻み込みたい。

「よーい、スタート!」
 

滞仏日記「人生は常に、よーい、スタートの繰り返し」