JINSEI STORIES

滞仏日記「人生の時間配分について。一生をどう捌くか」 Posted on 2019/07/10 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、息子とやっと連絡がついた。
「どうしてんの? 本当に中学卒業試験は大丈夫だったのか?」
「800万点中、750点はとれたはず」
「マジか?」
「マジ」
というが、この子のマジはとたんに破綻することがよくある。もうすぐ結果がメールで送られてくるはずなので、今は、話半分に訊いておく。ともかく、生きていることが分かった。僕は撮影に集中しなければならない。

さて、小説家は一人でこつこつと小説を書くのでどこかマラソンランナーに近いけれど、映画監督は監督というだけあって大勢を動かし捌く仕事だからか、サッカーとか野球の監督のような存在に似ている。クランクイン直前も直後もあらゆる部署から質問やお伺いが押し寄せる。子役が頭につけるリボン一つの色から、釣り竿の形態、数珠の色、靴下の色まで、はたまた美術全般における意見、撮影全般における疑問点、撮影方法、セリフの意味、方言の曖昧さなど、ありとあらゆる質問がやってくる。そのせいでか、今朝から右目が顔面神経痛になった。きっと一時的に考察の許容量を超えてしまったのであろう。映画がクランクインしたので撮影に慣れるまでは暫くこの状態が続く。それを楽しいと思える人とそうじゃない人がいるのだとしたら、僕は楽しいと思ってしまう方かもしれない。

「辻さんはどうやって時間配分をしているんですか?」と助監督さんに聞かれたので、「実は、僕は3人いるんだよ。A辻B辻C辻」と答えたら周囲が大爆笑となった。
 

滞仏日記「人生の時間配分について。一生をどう捌くか」

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滞仏日記「人生の時間配分について。一生をどう捌くか」

さて、今日は朝6時に起きて、(昨夜は3時まで台本とにらめっこ)、午前中いっぱい、明日に迫った大規模な撮影の手順について考察。昼から小学校の体育館にて撮影リハーサル。中洲中央通りを再現した仮のセットでカメラアングルなどのチェック。交通規制をかけることが出来るのは3時間。その間に山笠が移動する大規模な撮影のほとんどの芝居場を撮りきらなくてはならない。ステディカムを含む、3台のカメラを配置し、入念なリハーサルを繰り返す。その日、蓮司役のはやと君が8歳の誕生日ということで、リハーサル終わりでサプライズのお祝いをした。笑顔の蓮司、そして、女性スタッフの間からは、かわいい~という声が飛び交った。夕食を挟んで、夜、再び中洲に戻り、山笠の盛り上がる様子をドキュメント撮影した。神聖な中洲流れの方々の、お汐井取りから戻る隊列を、しっかりと撮影することが出来た。山笠の歴史的な深淵に映画のカメラが深く踏み込んだ瞬間でもあった。その後、僕は4丁目の直会(流の方々の神事的宴会)に出席し、ご挨拶をした。九州男児の神事だけあって、上下関係も厳しく、その上に礼儀作法にうるさく、撮影隊も容易に近づけない。一歩その詰所内に無作法に踏み入れば若い衆が飛んできてむらぐらを掴まれ放り出される。僕は去年、台上がりを経験させていただいたからか、皆さんに温かく迎えられた。博多愛がさらに強くなった。博多祇園山笠の本質に迫る映画にしなければ、と心から誓った夜であった。

追記。深夜、明日の大規模撮影を前に助監督が、やめてやる、とパニックになったので、バカタレが、おちつけ、と怒鳴り散らし、なんとか思いとどまらせた辻監督、まだまだ油断禁物である。天気予報だと雨マーク。さて、明日朝いちばんの博多の幹線道路を封鎖しての大規模撮影の行方が心配だ。でも、寝よう。すべては映画の神様にゆだねて。助監督に、とにかく寝ろ、英気を養え、とメール。がんばるんだ、辻組!
 

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