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滞仏日記「84歳の母さんが食べたいとねだる博多の味」 Posted on 2019/07/12 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、母さんが「あと何度、食べることが出来るかね、あの鯛茶漬け」と来福のたび、毎回うるさくねだってくる店がある。昨日に引き続き、撮影の中開きの時間(朝の7時42分に撮影が終わり、夕方18時まで時間が不意にあいてしまった)を利用して弟と母さんと三人、天神の「よし田」で待ち合わせた。しかし、着いてみると、11時半だというのに、物凄い行列。順番が来るまでの間、何十年ぶりに二人で記念写真を撮影した。シャッターを押したのは弟である。よし田の前で記念撮影というのも面白い。

はじめてこの店に僕を連れてきてくれたのは、KBCの濱田さん、その直後、済生会病院の主治医、大倉先生にも連れてこられた。あまりに鯛茶漬けがうまいので、母さんに食べさせたところ、
「こげん、おいしかものば食べられることが幸せという証拠だね」
と言った。
名物鯛茶漬けは一人前1000円という破格な値段。東京では考えられないお得さである。

名物よし田、鯛茶漬け、食べ方。
まず、だされただし汁の中の鯛の刺身をわさびを絡めながら、白ご飯で食べる。その後、よきところで、のこりのだしと鯛を白ご飯にぶっかけ、お茶をさらに注ぎ、茶漬けにしていただく。ひつまぶしに負けない、味変のだいご味に博多のうまみを味わう。よし田の真骨頂である。これで1000円というのは驚く。
 

滞仏日記「84歳の母さんが食べたいとねだる博多の味」

さて、撮影は今日も朝の5時から朝山を狙いスタートする。中休みがあり、僕は母とよし田で鯛茶漬け、それからちょっと整体で身体を整え、夕方より再び中洲大通りに戻ってシーン72の撮影となった。
 

滞仏日記「84歳の母さんが食べたいとねだる博多の味」

そして、昔、母が僕に教えてくれたことを鯛茶漬けを食べながらまたまた思い出してしまった。
「ひとなり、人間、諦めたり、開き直ることは、時と場合だが、大事だったりするとよ。押してもダメなら引いてみなってことだよ」

どんなに頑張ってもどうしようもない時というのはある。どうしてもできないこともある。僕はそういう時、潔く諦めることにしている。期待し過ぎたり、固執し過ぎたり、執念が深過ぎたり、欲深過ぎると傷が深くなるから、やんわりと、こんなこともあるんだよ、ここは諦めよう、と自分に言い聞かせたりするのだ。実際、どうしようもないことというのはあるじゃないか。不可抗力というものはある。常にどこかに、諦める潔さを持っていると、苦しくならないですむ。一番辛いのは期待していることが実現しなかった時の苦しさだ。しかし、考えてもみろ、すべてが叶うわけがない。どんなに好きでも愛してもらえないこともある。日本は梅雨のど真ん中だからかあちこちで雨が降っている。これを僕のど根性で晴れにすることはできない。どんなに夢見ても実現できない夢もある。一生に限りがあるように、生きることには限界もある。ベストは尽くしたのだから、これはしょうがないね、と思うと楽になる。そして、素早く気持ちを切り替えて、次に向かうのがいい。素早く切り替えることが最大のソリューションなのだ。弱音を吐くのは得意じゃない。でも、やるだけやって、こりゃ、違ったな、と思ったら、作戦を変えるしかない。それがいい。その時に新しい道は開ける。撮影のような人間や天候や物理的な理由などでどうすることも出来ない事態が生じた場合、諦めて違う方法を模索するという道が残されていることを思い出すべきであろう。実際、道は無限にある。そうだ、思えば母はいつも、いいことを言った。

そして、ここに息子と母の2ショットがあり、なぜか、僕は歯を食いしばって遠くを見ている。母より強きものを知らず。
 

滞仏日記「84歳の母さんが食べたいとねだる博多の味」