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滞仏日記「どこまで親は息子のお願いにこたえるべきか」 Posted on 2019/07/22 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、息子からほんとうに連絡がない。実家にいるのはわかっているけど、都合のいい時だけお願いの依頼が、ぼくではなく、弟やスタッフや友達のお母さんなどを経由して入ってくる。「直接、本人から連絡ないものにお返事できません」とその人たちに機械的に答えている自分が情けない。思春期の子供というのはこういうものなのであろう。
「もしもし、ひとなりだけど、いる?」
仕方がないので母さんに電話をした。
「あら、どうしたと?」
連絡がないから電話したと伝え、息子にかわってもらった。
「なんで、連絡しないの? 人から息子さんが困ってるみたいだよって聞くのほんと嫌なんだけど」
「ごめん」
「なんか、急ぎのお願いがあるって聞いたんだけど、あるなら直接パパに連絡しなきゃ」
「うん」
「で、なんのお願い?」
「夏休み中に恋人に会いたいんだけど、行ってもいいかな?」
ちなみに自称というか自分たちだけで呼び合っている「恋人」であって、二人はまだ面会したこともない。いわゆるネット上のガールフレンドなのだ。でも、彼は恋人と言い張ってきかない。
「一人で行ってもいいんだけど、ちょっと遠いんだ。ほら、このバカンス期間、親子旅行してないからさ、もし、パパが時間あるなら、そこまで一緒に行って3泊くらいホテルでのんびりしてたらどうかな、と思って」
この言い方が実にフランス的なのでぼくは笑わざるを得ない。
「そこ、どこ?」
息子はパリから車で8時間くらいの地方都市の名前を告げた。娘さんはそこから車でさらに50分ほど行った田舎の在住で、しかも彼女の家は畑に囲まれている。
「遠いね」
「うん、行って会って帰ってくることもできるけど、まだ会ったことのない子だから、できればお互いしっかりと向かい合ってこの機会に話がしたい。日中に3回くらい会う必要がある。ぼくは未成年だから一人でホテルに泊まることができない。もちろん、先方の家に泊まることもできないんだ。相手のお父さんは理解してくれているんだけど、お母さんにはまだ話せてない。ぼくが日本人だから」
「日本人だとダメなの?」
「いや。ダメじゃない」
息子が言い淀んだ。
「ただ、田舎の人たちは外国人に抵抗のある人も多いんだよ。だから、彼女は理解のあるお父さんには話をしたらしいんだけど、お母さんは時間が必要だという判断で、まだ話していないらしい」
「そうか」
「で、お前は、そのお母さんが、日本人との交際は認めない、と言ったらどうする?」
「どうするかはまず会って話をしてからじゃない? 最初からネガティブになってもしょうがないじゃん」
「そうだね。わかった。じゃあ、パパが車で一緒に行く。どうせ、小説を書いてないとならないから、パパはホテルで缶詰めになっている」
「缶詰?」
「だから、缶詰みたいにそこから出ないでお前が帰ってくるのを待ってるって日本語」
ぼくらは笑い合った。
「いつ?」
「八月の頭がいいんだ。その子たちが家族旅行に出る前に」
「すぐじゃん。ホテルとらなきゃ。お前な、そういう大事な話しは直接、パパに連絡をするように。わかったな? ちっともわかってないだろ」
「わかってる。でも、パパがNOと言わないことも知ってる」
「この野郎」
ぼくらは笑い合って電話を切った。わずか、2分の会話であった。 
 

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