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滞仏日記「虫がいい話の虫ってどんな虫?」 Posted on 2019/08/13 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、思うに人間がなぜ不安になるのかということを考えてみるといいかもしれない。僕はその原因の大部分は期待し過ぎからくる不安じゃないかと思う。人間って必ずと言っていいほど大なり小なり誰かに期待してしまう生き物なのだ。些細なことでも、ちょっと他人に期待して自分でやること考えることを放棄してしまう。わかっちゃいるんだけど、でも、期待した相手が自分にかわってそれを喜んでやるか? 僕のために誰かがやってくれるのを待つって、それは相当に「虫のいい話」じゃないか、と思う。ずうずうしくならず、自分のことは自分で解決すると潔く決めると、この不安は結構な割合で減る。不安から遠ざかりたいならこれに限る。とっても簡単だ。他人に絶対期待しない。自分でやる、やってみせると思うだけで十分。不安は少なからず解消される。

話はそれるが、この「虫のいい話」という言葉をよくつかう僕らだけど、この虫がなにか知っている人は少ない。この虫は人間の中に潜む悪い虫のこと。道教でいう「三尸」(さんしと読む)の三匹の虫のことを指す。上尸は目を悪くさせたり、白髪にさせる虫。中尸は内臓を悪くさせ食欲を強くする虫。そして下尸は下半身に問題を起こさせる虫、欲望を唆したりするのだという。この虫たちは人間の本能を左右させ、欲望を唆したり、悪い症状を起こさせたりするというのだから、悪い虫に決まっている。人間に悪さばかりする虫ということになる。なんかいるような気がする。頭とお腹と下半身に悪いことやる虫がいる。で、話が戻るが、あいつはいつも虫がいいことばかり言う、とは、人のことを考えずに自分に都合のいいように考えている人ということ。三尸の虫たちと同じように、人間を唆し悪くさせる生き物。図々しい奴らのことを、虫がいい、というわけだ。他人に期待し過ぎてしまうのは、僕らの中に潜んでいるこの三尸の仕業かもしれない。

なので、僕は何か図々しことを考えたり、スルーで他人に丸投げしてべったり期待してまったりしている自分を軽蔑する。それは三尸が僕を乗っ取っている証拠だと思うようにしている。ここに依存するとこの虫たちの思うツボだから、まず、虫がいい考えは持たないようにする。三尸の虫なんかに僕は支配されるつもりはないのだから。
 

滞仏日記「虫がいい話の虫ってどんな虫?」