JINSEI STORIES

滞仏日記「パリ最強の食品館で、夏を満喫」 Posted on 2019/08/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、人がいないパリ。この時期、パリの人々はみんなバカンスに出ているので市内はガラガラ、店はどこも閉まっていて、いくところもない。行きつけのカフェもレストランもほぼ全滅だ。来週以降、また少しずつ人が戻って来て、月末になれば活気も出てくるのだろうが、とにかく8月のこの中旬は観光客と留守を預かる移民の人たちばかりで、パリ市内は閑散としている。午後、ぼくはふらっと散歩に出た。どこも閉まっているけど、デパートは開いている。ちょっと高いけど、夕食の食材を買いに、七区のル・ボンマルシェへと向かった。

面白いことに、ここだけは日本人が多い。実はここ数年、テロ以降というべきか、日本人観光客が激減した。パリ市内、シャンゼリゼも、マレ地区も、オペラも、名だたる観光名所はどこもかしこも中国や韓国の旅行者ばかりだ。けれども本当に面白いことにル・ボンマルシェだけは日本人比率が高い。とくに食品館、グラン・エピセリーに集中している。品数は豊富でセンスはいいが、ボンマルシェは値段が高い。在仏の日本人たちは「あそこは高すぎる」と敬遠しがちだが、ぼくはあの場所が好きなので結構出かけている。生鮮食料品などは安くて新鮮な市場で買う。何もわざわざボンマルシェで買うことはない。じゃあ、なんでぼくが行くのかというと、センスのいいもの、珍しくて新しいもの、意外にすごいもの、滅多に手に入らないもの、隠れた名品、他では手に入らないもの、などを見つけに行くのが面白いからだ。高いものは高いけど、そうじゃないけどセンスのいいものもよく探すと結構ある。グラン・エピセリーを知り尽くしているかどうかでその面白さや価値は変わってくる。

地下にあるワイナリーはたぶん世界一じゃないかと思う。ここなら、世界中のだいたいのワインやウイスキーが手に入る。ぼくはシャンパン好きなので、しかも、最近はゼロ・ドサージュ、つまり砂糖を使用していないまったく甘味のないシャンパンがマイブームだ。グラン・エピセリーのシャンパンコーナーで見つけたARLENOBLEはBRUT・NATURE(自然派)の上、低料金だった。高けりゃいいというものじゃない。毎日嗜むなら安くてうまいのに限る。日本酒はパリでは高級品なので手が出ない。逆に、シャンパンは安くていいものが手に入る。日本のウイスキーも充実している。山崎とか響の最高級品は数万円するのでぼくには手が出ないけれど、探せば、欧州向けの特別ウイスキーなどがいろいろ出ていて、そういうものは日本にはないし、手ごろな価格で手に入るので、愛飲している。

一階にある軽く食べられるスタンド(立ち飲み屋みたいな)が2、3軒ある。タパスではスペイン産の白ワインとベジョータ生ハム、フレンチスタンドではトリュフ入りのオムレツとフランスワインなんかをサクッと頬張って昼食としている。グラン・エピセリー内なので高そうだけど、小食のぼくには気軽につまめるので安上がりだ。ギャルソンとかいないが、どの店も顔馴染みなので、立ち寄ればうまいものの話で盛り上がる。そういえば最近、ケーキ屋の横にカフェっぽい場所が出来て、シャンパンとケーキのセットが結構安くて話題になっている。デパートの食品館と侮ってはいけない。高島屋や伊勢丹の食品館も好きだけど、ごちゃごちゃしていない分、ボンマルシェの食品館は落ち着いて物色が出来るので楽しい。そして、夢のような美味しいものの宝庫である。フランス人のいないこの時期、ここで半日、のんびりと過ごすのがぼくのこの夏の唯一の楽しみとなっている。京都名物ラングドシャ、「茶の菓」なんかも置いてあって、たまに日本土産と偽ってフランス人にあげたりしている。笑。

滞仏日記「パリ最強の食品館で、夏を満喫」