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滞仏日記「人間の豊かさについてもう一度考えてみる」 Posted on 2019/08/28 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、ビアリッツで行われていたG7が閉幕した。先進国首脳会議というけど、この七か国すべてがいまだ世界をリードする先進国と言えるのだろうか、と思った。ここに含まれていない国々の方が数年後(いや、2,3年後)には先進している気がしてならないのは僕だけだろうか? フランスの大統領とブラジルの大統領がツイッターで舌戦を繰り広げている。ツイッターで世界情勢が動くってのも本当に不安でしょうがない。トランプさんのツイートで右往左往する世界ってあまりに不安定過ぎないか。日本のヤフーニュースに目を通して、それから世界各国のニュースをだいたいチェックするのが日課だけど、相変わらずギャップが大きい。仕方ないことだけど、日本の経済やもろもろがなんとなく外に向かってない気がする。スエーデンとかデンマークとかノルウェーとか、経済力もあり、豊かな国はいくらでもある。G7は正直、もう終わった。次回のアメリカでの開催がこの形態では最後になる予感。

一生をどこで評価するのかを僕はずっと考えている。何をもって成功と呼ぶのか、正直わからない。豊かさってなんだろう。海辺を走りながら、自分の人生とどう向き合うべきかを僕は僕なりにまた考えた。一生は自分に与えられたもので、それをどう生きるかは自分で決めればいいものだ。僕のおふくろがよく言った。「誰の人生だ」という一言は確かに名言だと思う。でも、その言葉を言えなくさせているのは周囲の目や世の中を気にする自分自身だったりする。僕らは本来、のびのびと生きていけるはずなのに、こうでなければならない、普通でなきゃならない、社会性とか、階級とか、様々な鋳型に押し込められて、その判断が出来なくなっている。他人の人生に振り回されてしまうのが普通になっている。外の人の目が気になる。つい、どう見られているかを考えてしまう。でも、自分の人生なのに、自分の人生だと言えなくなりつつある。何が人間をがんじがらめにしてしまうのだろう。まず、その鎧のようなものを一枚一枚はがして、自分らしい生き方を探す必要がある。でも、こうやって誰もいない浜辺を走っているとそれが可能な気がする。そうするための一歩を踏み出せばいいだけのことだ。先進国という名前の窮屈な世界に支配されるよりも、個を大事にして人間としての豊かさを追求できる社会にこそ生きたいと僕は思った。大学生の頃だったか、渋谷のパルコの前の交差点で、浮浪者の人に指を刺されて言われた一言を思い出した。
「君、誰にも支配されない芸術家になれよ」
 

滞仏日記「人間の豊かさについてもう一度考えてみる」

ランニングの後、使わせてもらった部屋を綺麗に掃除し、ギターとトランクを車に積みこみ、昼少し前にステファンに別れを告げた。ドニさんのクレープ屋に立ち寄り、もう一度、ガレットを食べてからパリを目指した。200キロ、フランスは平均速度130キロ制限なので、あっという間にパリに到着。午後、息子と再会した。連絡もしないくせに、久々に会うとほんとうに嬉しそうな顔をする。普段はぶすっと口もきいてくれないのに、いつも再会の時だけは安心するような笑顔を見せる。なんだか、また背が伸びてた。息子を見上げ、トウルーズ、どうだった? と聞いた。うん、よかったよ、と戻って来た。いつだって、よかったよ、だ。ま、いいか。

二人で家のボレー(洋風の雨戸)をあけ、空気を入れ替えた。近所のスーパーに食材の買い出しに行き、夕食の準備をしていると、息子がやって来て、来月、エルザの家に泊めて貰えるのだけど、ナントまで行ってきていいか、と言い出した。
「相手の親御さんの許可は?」
「もちろん、お母さんが許可してくれた。最初は反対していたのに今は味方」
「でも、お前来週から高校生じゃん。高校生活始まったばかりで勉強は?」
「土曜日の朝一で行って、日曜日の昼には必ず帰ってくるから」
「TGVいくらすんの? パパは出さないよ」
「16ユーロ、格安チケット見つけたから、大丈夫」
「反対はしないけど、そんなにしょっちゅう行き来出来ないし、よく話し合えよ」
「エルザがパパのこと好きだってよ。優しいから」
「そうか、ならば許可しよう」
なんとなく丸め込まれた。でも、反対したからって、どうなるものじゃない。向こうの親御さんはちゃんとしている人たちだし、兄弟が3人、田舎の人たちだけど、どうやら息子は好かれているみたいだ。まだ15歳だし、頭ごなしもいけない。相手の親御さんが監視するだろうから、ある程度は息子を信じて、ま、しっかりしているし、様子をみるしかない。未成年だから、道からそれないように親として導きながらも、巣立ちはじめた彼が自分で自分の人生を決めていくことのできる決断力を持てるよう、その後ろで僕は優しく立っていたい。
 

滞仏日記「人間の豊かさについてもう一度考えてみる」