JINSEI STORIES

滞仏日記「そこに母さんがいた」 Posted on 2019/08/31 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、メイライが戻って来た。息子のことを孫のようにかわいがってくる中国人レストランオーナー、メイライがご主人のシンコさんと3週間のバカンスから戻って来たので、開店の日に夕食に行くと、息子の手を握りしめ、抱き着いて、「ああ、よく来たね、元気だったかい?」と喜んでくれた。ご主人のシンコさんは札幌からレンタカーで霧の中を4時間も運転したこと、香港のデモに巻き込まれて空港が閉鎖され飛行機が欠航し航空券を買い直さなければならなかったこと、台北の人たちが優しくとっても楽しかったことなどを、笑顔で語り続けてくれた。その間、レストランのホールは大騒ぎになり、他のお客さんたちは間違いなくぼくらをフランス生まれの中国人と思ったはず。「何が食べたい」と息子に問うと、「メイライに会いたい」といつも返ってくる。中華が食べたいじゃなく、メイライに会いたい、なのである。メイライが息子と接する様子を見ていると、自分の母親の若い頃を思い出す。そこに母さんがいた。

人間は母親から生まれてくる。ぼくも母さんから生まれてきた。メイライの笑顔を見ていると、母親というのはこういう人だったな、と思い出す。元気で、たくましく、明るく、優しい人だった。というのか、まだ健在だから、だった、というのはおかしい。しかし、ぼくの記憶の中にいる母さんは若い頃の母さんで、それはそれはダイナミックな人だった。自分に挫けることがなければ人間は絶対に誰にも負けることがないんだ、と教えてくれた。ぼくが喧嘩で負けて泣いて帰っても、負けたと思うな、と言われた。「人間はいつだって自分に負けているんだ。自分に負けなければ喧嘩に負けてもそれは本当の負けじゃない。やられて悔しくて泣いたのは、自分で自分の弱さを認めたからだ。やられてもやられても、俺は絶対に負けないと思い続ける人間に敗北はない。人生と一緒だ。まじめに生きていれば負ける理由がない。一点の恥も持つ必要はない。堂々としてれば悔しいなんてことにはならない。ひとなり、お前が泣いているのは自分で敗北を受け入れたからなんだ。次に喧嘩するときは負けるな」こんなむちゃくちゃなことを泣いて帰って来た息子を玄関に立たせて言うような人だった。でも、怒っているわけじゃない。強い意志を持てとつねに説教をされた。84歳の今は違う。ぼくが帰ると、嬉しそうな顔をして、玄関口でそわそわしている。あんなに強い人だったけど、人間だれしも年を取ると柔らかくなるもんだ。

ぼくが息子に当時のことを懐かしがって回想すると、
「今もすごいけど」
と笑った。
「ババは今でも勝負事には厳しいよ」
「そうなの?」
「うん。野球とか相撲とかスポーツ番組が好きで、テレビの前に正座して応援している。邪魔で邪魔でしょうがないよ。恒ちゃん(ぼくの弟)と一緒に、興奮するな、となだめなきゃならないくらいだよ」
そうだ、母さんはジャイアンツファンだった。ちなみに恒ちゃんは阪神ファン。息子はソフトバンクホークスのファンなのである。
「でね、相撲とかで応援する力士が負けるとね、大声で、バカったれ~、って外にまで届くような大きん声で怒鳴るんだよ」
「まじか?」
「バカったれ~」
息子の物まねがおかしくて大笑いした。バカとタレ~との間が詰まる感じ、しかも、たれ~の~はどこまでも長い。
「ジャイアンツが一点入れられるたびに、バカったれ~って叫んでちゃぶ台を叩いている」
ぼくと息子は笑いを堪えなければならなかった。
そこにメイライが名物の餃子を持ってきて、ぼんと置いた。「仲良しの親子だね」と言いながら。しかし、この餃子が実にうまいのだ。齧ると中からじゅ~っと汁があふれ出る。息子にとってメイライの料理はおふくろの味なのであった。 

滞仏日記「そこに母さんがいた」