JINSEI STORIES

滞仏日記「自分の責任を果たすために生きる」 Posted on 2019/09/01 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、この滞仏日記は誰でも自由に読むことのできるものだから、読まれてまずいことはだいたい書いていない。しかし、現実はもっと切迫したものを連れてくるので、日記で書いてること以外にも実はいろいろなことが起きている。まだ言えないこととか、言うと大変なこととか、体調のことだとか、精神状態とか、面倒くさいこととか、人並みに、毎日のようになんか起こっている。平穏な日記内容の日であっても、やはり何かが起きている。けれども、そういうことは毎日あらゆる人の身の上に起きていることだと思うので、大変なことが起きても僕はそこを問題視しないし、当然ここには書かない。数ある中の出来事の一つとして冷静に受け止め対処していく。子供を育てないとならないのだ、いちいち、頭を抱えてはいられないので、父強しというのか、生きるということを大局な見地で、つまり長い目でみながら、そういうことも人生あるよ、と自分に言い聞かせて乗り切っていく。ここだけの話だけど、こんな自由そうな僕でも「消えてなくなりたい」と思うことはあります。でも、こんな僕でも死なれたら困る人たちがそれなりにいて、たとえば息子君とか、普段は僕に口もろくに聞いてくれないくせに、こんなオヤジでもいないときっと悲しむかも。僕の母さんは、ひとなり、自分を犠牲にするな、と言ったけど、僕や弟のために犠牲になり続けてきた母さんだからこそ言えた言葉だ。僕は犠牲になるつもりはないけれど、自分の責任は果たしたい。僕の子供たちを愛している。
 

滞仏日記「自分の責任を果たすために生きる」

朝日新聞のwith newsで新連載「遁走寺」がはじまるので、11月末までの12回分の原稿を書いて編集長に送った。(新連載の場合はある程度の連載分を書いて世界観を固めてから開始する)出版社はまだ言えないけれど、エッセイ集が書きあがったのでそれを担当編集者さんに送り、出版化へ向けて協議。文藝春秋社での書下ろし小説は4万字まで書き進んだ。今はこの仕事に注力をしているところだ。昼食後、食いしん坊のためのグルメ雑誌dancyuの第4回、日経新聞夕刊のカジダン第六回(これは冒頭のみ書いた)、女性自身連載の「jinseiのスパイス」、ムスコ飯のレシピ2本、この辺を午後にやっつけた。レシピを執筆に含めていいのかわからないけれど、今朝、市場で買ったアジと鱈を使って、欧風なめろうと中華風蒸し鱈の2品を作ってレシピ化した。ちょっと働き過ぎかな、と思うのだけど、パリは僕にとって創作工場なので何か拵えていると精神が安定する。夕方、トイレに籠って来月に迫ったオーチャードホールの(現時点での)セトリに沿って歌の練習を2時間びっしりやった。建物が古いのでサロンで歌うとご近所から苦情がくる。トイレだけ奥まった場所にあるのでいくら大声を出しても大丈夫。ECHOES時代の曲が7曲、ソロ時代8曲、他人への提供曲が2曲という辻仁成の全史という感じの曲構成で、スカっとする。歌い終わる頃には汗びっしょりだ。でも、もうあとひと月とちょっとまでオーチャードが迫ってる。
「パパ。もう、いい?」
僕がトイレから出るのを息子が外で待っている。僕の後、トイレstudioを息子が占拠してビートボックスの練習をやる。シャワーを浴びて、買い物をして料理をし、2人で食事(今夜はサルシッチャのフレッシュパスタだ)。それから、僕は心を落ち着かせるために、家の周囲を散歩した。暮れなずむパリの街をどこまでもどこまでも歩いた。人のいない静かな住宅地をずっと歩いた。途中から少し走った。広場に出た。周囲を振り返る。西の空に太陽が沈んでいった。ここまで来てしまった、と思った。どうして僕は今ここにいるのだろう、と思った。いつまで、ここにいるのだろう、と思った。微かに赤い西の空が「お~い、夏が終わるぞ」と言った。
 

滞仏日記「自分の責任を果たすために生きる」