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滞仏日記「意外に楽になる、フランス流絶交の仕方」 Posted on 2019/09/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランス人との喧嘩は本当に面白い。一度仲たがいするとほぼ復縁はあり得ない。日本のように悪口陰口を言われ続けるということもないが、絶交はまさに断絶となる。ぼくも昔とっても仲のよかった友達と彼の友人がアジア人蔑視のファシストだったので、抗議をしたことが発端で、不仲になった。ま、ぼくが徹底的にそいつらを言葉で言い負かしてしまったからだけど、そうなるとどうなるか、というのがフランスの面白いところで、街角とかバーとかで会っても、目を合わせない。視線が頭一つくらい微妙にずれたまま、めちゃ器用にすれ違う。ぼくも彼らの目を見ない。視線が彼らの顔と顔の間を突き抜ける。面白いから、ぼくはくすっと笑ってしまうのだけど、フランス人はマジでこういう子供っぽいことをやる。

彼らは断絶をすると視界から相手を消すのだ。これはぼくのこれまでの経験からだけではなく、他のフランス人からもよく聞くことなので、フランス流の絶交の仕方のようだ。一メートルくらい近づいても「やあ」もない。喧嘩したとはいえ、そのケツの穴の小ささに呆れるけど、フランス人のこの態度は「意見の合わない人間と関わらない」という彼ら一流(?)の人間関係術なのである。つまり、不仲になるとそのことを考えて心が痛む。フランス人はその痛む心を持ち続けることに意味を持たない。つまり視界から消す。一度仲たがいすると復縁は難しいよ、と渡仏直後に言われたことがあったが、渡仏17年でしっかり実感できた。そこで、こちらも視界から消す。お互い消えているので、気になることはない。心を痛めることも無理に仲直りをしようとすることもしない。寂しい世界だと思うけど、それが割とフランス的な人生観なので(あくまで一般的なだよ)、ぼくは郷に入っては郷に従えの法則で真似ている。

先日、とある集まりがあって、それは300人ほどのパーティだったが、昔、凄く仲のよかったフランス人のLがいたので、声をかけたら「ああ」で顔をそらされた。思い返すと、この人とは5年ほど前に共通の友人Pの自殺が原因で喧嘩をした。「あ、そうなんだ」とわかったぼくもフランス流のやり方で視界からその人を削除した。もっとも完全に削除は出来ないのだけど、相手がフランス流で無視してくれるならこちらから媚びを売るものでもないので、同等の措置をとる。そもそも、原因はあっちにあるのだから、頭を下げることじゃない。ここがフランスで、自分は外国人だからといって媚びることはない。その後、ぼくの周りにかつての自殺した友人をしのぶ連中が集まってきて、思い出話に花が咲いた。ある人間は「当時Lが冷たかった」と言い出したが、ぼくは削除したので、その話には絶対に参加しない。Lを批判することでまた嫌な気持ちが蘇る。ごめんだ。Lは当然この輪に近づいてこない。でも、Lがパーティを去ることもない。そうやってお互い嫌なことを遮断しあい、自分の世界にいれないようにする。

この方法の良いところは嫌な気分を持って生きる必用がないということ、もめた過去はもう過去のことで今の自分には関係がなくなるという利点だ。ただ、ちょっと日本人的には寂しい方法だなぁ、とは思うけれど、強くないとフランスでは生きていけないので、ぼくも実行する。日本的仲直りというのはこの国では120%ない。そういう美談を好まない国民性である。自分を主張し、絶対に自分から譲ることはない、ということ。絶対に許さないという強い気力で生き切る人生、ぼくはフランスっぽくて嫌いじゃない。ストレスを抱えないで自分のために生きる、それでいいんじゃないのかな。それで自分が孤独になっても、それは納得尽くしの孤独だから望むこところだ。一生は一度だ、気配りで疲れて一生を台無しにしたくない。仲直りを目指すことよりも、気の合う仲間と多く出会えばいいだけのことで、合わない人は合わない理由があるのだと思うようにしてぼくはパリで強く生きている。サボテンの心。

滞仏日記「意外に楽になる、フランス流絶交の仕方」