JINSEI STORIES

滞仏日記「フランス人が窮地で繰り出すユーモアの妙」  Posted on 2019/09/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、高校の説明会があり出かけてきた。最初に講堂で高校一年生の親御さんらを前に校長先生がこの一年間の教育方針について語った。その後、クラスごとに分かれて、担任の先生による説明会があった。ぼくは息子の教室に行った。日本の高校(ぼくの時代の教室)と比べるとちょっと狭い教室なのだけど、一クラス40人の生徒が在籍している。それが3クラスあるのだ。ぼくは息子の席に座った。なんとなく窮屈な感じがしたけど、ぼくより大きな息子からするともっと窮屈なんじゃないかな、と思った。

担任は男の先生でどこかベルギーの人気漫画、タンタンにそっくりで、そのまま大人になったような感じ。手振り身振りがマジシャンのようで、とってもユーモラスだった。とくに顔の表情が凄い。ぼそぼそっと話す度に、眉毛がよく動き、しかも、口をすぼめ尖らせて話す。フランスの男の人は天然パーマが多いが、この先生もくりくりっとしている髪の毛が特徴的だった。金曜日の6時だったが、お父さんも結構いた。タンタン先生はよれよれの薄手のジャケットを着て、だぶだぶのズボンを穿き、ニヤっと微笑んでいて、やっぱりタンタンにそっくり。でも、愛すべき先生であることがよく伝わってくる。

中学とは比較にならないほど高校の勉強は難しくなりますよ、と先生は親御さんに力説していた。聞いている親御さんもどこかユーモラスで、もちろん白人ばかりで、その中でぼくだけがアジア人という状況は、昨日の日記で書いた通り、まさに息子がここフランスでずっと置かれてきた状況そのものであった。なるほど、こんな感じなんだな、とぼくは周囲を見回しながら思った。すると隣の席のお父さんと目が合った。
「ボンジュール」
「ボンジュール」
ここで挨拶か、と思ったが無視はできない。お互いなんか言いたそうな顔でニヤっと微笑みあい目を逸らした。結構、年を取っている人もいるし、若い親もいる。人生いろいろということであろう。

「じゃあ、新学期の説明会は以上ですが、どなたか何か質問があれば、どうぞ」
とタンタンは言った。すると目の前に座っていたポパイに出てくるオリーブがそのまま年を重ねたようなお母さんが、
「この狭い教室に40人はちょっと詰め込み過ぎじゃないですか?」
と誰もが感じていることを口にした。一瞬、教室内がザワっとした。するとタンタンが口をすぼめて突き出し、大きな身振りの後、一同を見回し、こう言ったのだ。
「でも、ここにいる子供たちはみんな可愛いビズヌースみたいなものだから」
次の瞬間、一同がドっと噴き出した。ビズヌースというのはフランスの幼い子供たちの間で大人気のぬいぐるみたちの漫画だった。(どうやら日本でもちょっと有名らしい)
「ぼくは小学生の頃から彼らを知っているけど、高校生になった今も彼らはぼくにとってはビズヌースなんですよ。可愛いものです。肩寄せ合って和気あいあいとやっています。何も心配する必要はありませんよ。実に、可愛い。このクラスの子たちはみんな可愛いビズヌースなんだから」
親御さんたちはみんな笑いを堪えていた。いや、笑っていたかもしれない。タンタンは質問したお母さんをじっと見つめ、口をVの字にして微笑んでみせた。
「どなたか、他に質問は?」
みんな、笑いを堪えて黙っている。お腹がすいているし、早く帰りたかった。
「質問ないんですね? いいですか? 皆さんのお子さんたちの方がよっぽど活発で、元気で、ビズヌースで、がんがん質問してきますよ。じゃあ、今日はここまで。お疲れさまでした」
そう言い残すと、タンタンはポケットに手を入れて、教室を颯爽と出て行った。大人になったビズヌースたちが席を立つ時、ぼくはそこに何十年後かの息子を見た気がした。

滞仏日記「フランス人が窮地で繰り出すユーモアの妙」