JINSEI STORIES

滞仏日記「雨の日曜日、行列嫌いのフランス人が行列した理由」 Posted on 2019/09/29 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は日曜なので料理を作るのが面倒だった。毎日毎日、ご飯ばかり作っていられない。ちょっと話もしたかったので、息子とレストランまで食事に出かけた。
「最近、どう?」
「普通だよ」
いつも通りの返事が戻ってくる。
「友達は出来たか?」
「相変わらずだよ」
「エルザとは?」
するとフランス語で、関係ないじゃん、と小言を言った。結局、食事が終わるまで、会話はなかった。こいつ、親に話すことは何もないのか、とぼくは心の中で毒づいた。

帰りは少し歩こうということになり、メトロには乗らず、歩き出した。すると路地を抜けたとたん、日曜日だというのに物凄い人だかりと遭遇した。沿道を埋める大勢の人、人、人、その行列に終わりがない。テレビカメラがずらりと並んでいる。息子が携帯をいじりながら、
「シラク元大統領の国民とのお別れ会にぶつかったみたいだよ」
と言った。

警察が先導する大型の車両が何台もぼくらの前を横切っていった。テレビカメラの前に立つレポーターが、今、元大統領のご遺体が到着した模様です、と言った。一般の人たちが元大統領に弔問する行列の中に、ぼくらはいた。警察が、あっちへ、と指さした。ぼくと息子は仕方がなく、並ぶ人々の方へと歩いた。気が付くと、その列の中にいたのだ。

滞仏日記「雨の日曜日、行列嫌いのフランス人が行列した理由」

「パパ、ぜんぜん、関係ないけど、こういうタイミングだから、ちょっといい?」
「ああ、いいよ」
前に進みたいし、ここを抜けたいのだけど、物凄い人だし、バリケードもあるので、動くに動けない。シラク大統領へ捧げる花束を持った人や、何かメッセージを掲げた人など、様々な思いで集まった人の中の日本人の父子であった。
「みんなの心に何か残したから、みんなこんな雨の日なのに、集まってるんでしょ?誰かに愛される人になるって、凄いことだね。大統領とか首相って、みんながみんな好かれてるわけじゃないじゃない。でも、こんなに大勢の人が集まって、さよならを言いに来るって、すごいことじゃないかな、って思った」
「人間味があったからね」
「あのね、見て。この人たちを。行列に並ぶのが大嫌いなフランス人がこんなに行列を作ってるんだよ。はじめて見たよ」
「そうだね」
「パパ、人間ってさ、黙っていると、何か言えよ、と炊きつけられる。なんか言うと、意見を言うな、でしゃばるなって文句言われる。必ずケチつけられるじゃない。なんか言われる世界だ。人の悪口ばかりでさ、批判ばかりで、相手に対して、敬意もなにもあったものじゃない。なんかネットの嫌なところはそこなんだ」
息子はフランス語で言った。ぼくにわかるように言葉を選んでいる。
「人をリスペクト出来ない世界が悲しいな、と思うことが多いんだよ。ネットとか、アノニムだから、言いたい放題で人をただ攻撃している。きっとシラクさんも敵がいっぱいいたんだろうけど、政治を離れてこんなに時が流れているというのに、ここに集まった人たちの、彼らこそアノニムなのに、その気持ちが見える。死んだ時に、こんなにたくさんの人にお別れを言われるって、どんなことだろうな、って思って。ただ、それだけだけど、ちょっと言いたかった。偶然、ここに立ち寄れてよかったよ」
ぼくは息子の肩をぽんと叩いた。それから、門の向こうに一礼し、群衆の列から離れることにした。

 

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