JINSEI STORIES

滞仏日記「消えろボタンを持って生きる安寧世界」 Posted on 2019/10/02   

某月某日、ストレスというのは人間が世界と向きあう時にきちんと向き合えなかったり、ずれないはずのものがずれたりした時に生まれるもので、車が車庫に入れないで何度も倉庫の柱に車の角をぶつけて前に行ったり後ろに戻ったりしている状態に似ているのだろうな、と想像したりしている。

でも、ちょっとハンドルを切れば車は無事に車庫に入れるのだから、ハンドルをうまく切る集中力が欠けている結果なのだ。あるよ、そういう時だって。このようなストレスがそこかしこで溢れているのがここ最近のぼくの周辺ということになる。ものすごく元気だった人がどんより暗い顔でやって来たので、ああ、ハンドルがうまく切れないんだ、と思って話を聞いてあげると、運転するのが怖い、と言ったりする。

ぼくもたまに同じような状態になるので、そういう時はまず車のエンジンを止めるべきだろう。そして、ドアを開けて、いったん、外に出る。うまくいかないことをいつまでも引きずるからますますストレスが増えていくので、気分を変える。つまり、人間環境や仕事環境のたとえであろう。

ストレスは人間を介して、ウツる、ある意味で風邪みたいなものだから、近づかなければ感染しない。気分を変えるのがいいので、ラジオを付けてなかったら音楽などをかけ、さらに窓も全部開けてしまおう。で、倉庫に入らない車のこと(つまり人生)そのものを一度忘れてしまうのがいい。さわやかな風が吹き抜けていき、苛立っていたぼくが本来のぼくを取り戻せれば、まず、視界や音が変わりはじめるので、それが合図となる。合図を逃さないことも大事だ。

他人の力を借りるのがこういう時とっても有効で、好きな仲間と長電話って結構有効である。イタリアの友達と、大声で語り合い、また釣りに行こう、と約束をしあって電話を切った。ここで深呼吸だ。もう気分は変化し始めている。あがって動かなくなっていたバッテリーが復活した時のような安心感が打ち寄せる。間髪を逃さずぼくはエンジンをかける。当然、何事もなかったかのように、車は一発で車庫に入る。

針に糸が通らないでもいいし、ドレスに手が入らない時にやってもいい。やらなければならないものが手つかずになったら、同じような方法でそこから脱出できる。好きなことだけをイメージする。うるさく、しつこく言ってくる人間はシャットアウト。視界から消してしまえばいい。とっても簡単にやる方法がある。

消えろボタンを作って常に携帯しておくこと。ぼくのポケットにはいつも消えろボタンが入っていて、「辻、この野郎~」とか言ってくるわけのわからない他人は、僕の人生には一切関係ない邪気に過ぎないので、慌てずポケットに手をれ、スイッチをオフにして、さいなら、で終わりだ。消すというイメージ、嫌なものや人は整理した方がいい。70億、すべてを相手にしていきたら、人間は壊れるからね。

でも、人間はみんながみんな強いわけじゃない。自分のことは自分で守るしかないので、死ぬ気でやれ、とかそういう恐ろしいことを平気で命令しくる前時代的な人間がそばにいたら、消えろボタンの出力を最大にし、その世界そのものを削除するようにしている。死ぬ気でやったら人間は死んでしまうじゃないか。無責任にもほどがある、と笑いながら、ぼくは車庫から車を出す。

これがストレスなく生きる方法だ。その後、窓を全開にして、ドライブに行けばいいのである。今、苦しいなら、重たいもの苦しませるもの嫌なもの見たくないものを、一度、消してみればいいのである。死ぬ気でやるのじゃなく、生きる気でやれ、とぼくは言いたい。

滞仏日記「消えろボタンを持って生きる安寧世界」