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滞仏日記「希望回復作戦」 Posted on 2019/10/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくはよく落ち込むことがあるけれど、そういう時は、一年後とか二年後の自分を想像するようにしている。ぼくのポリシーは「今日を精一杯生きる」ことだが、人生というのは容赦なく残酷なもので、次々にその精一杯をへし折りにやってくる。「現実」という言葉があるけれど、これは時にとってもネガティブに振れる場合がある。人生においては現実に打ちのめされる方が圧倒的に多かったりする。ぼくはそういう時、今をいったん、わきにどけて、未来へ逃避を試みる。未来というものをぼくは基本信じないけれど、未来という場所は避難所としては有効である。一年後の自分にはもう今日のこの不安や落ち込みは笑い話にすぎない、と自分自身に言い聞かせるのだ。

来年の今頃、きっと自分はこの苦悩から抜け出し、次の目標に向けてきっと精一杯生きていることだろう、と思い込むことが大事で、だいたい人生というもの「なんとかなるし、なんとかなってきた」のも確かだ。もうダメだ、といったい人間は何度思ったことだろう。でも、よくよく考えると、なんとかなってきた。次に、ぼくはそう言い聞かせる。だから、今度もなんとかなるんだよ、と自分で自分を慰める。これも結構、有効な手かもしれない。

次にすることは、この苦悩を過去にしてしまうことだろう。過ぎてしまったことをぐずぐず考えていてもしょうがない、と自分に言い聞かせることはとっても大事で、それは過去で、取り返しもつかなければ、そもそもどうすることもできないことだから、このことで今日を奪われるのは時間の無駄!もう終わってしまったことなんだから、ぐずぐずしないで先に行こう、が良い。これも結構、有効な手である。

この一連の運動を「希望回復作戦」と名付けている。

ぼくはある頃から「期待」ということを一切やめた人間だ。期待して人間は裏切られ落ち込む、というこの負のスパイラルこそが実は一番恐ろしい。期待のかわりに、ぼくは「希望」を持つことを重視している。ぜったいなんとかしてみせる、と最後は意地を出す。この窮地を抜け出し、必ず再生してみせる、と自分にはっぱをかけるのである。これは「希望回復作戦」のもっとも大事な指令の一つだ。そこに希望を生み出すこと、希望を取り戻すこと、希望へ向けて再び歩き出すこと。これも結構、有効な手である。

確かに、希望を回復させるのは簡単なことではない。仮に今、絶望の淵にいるのであれば、なおさら、希望は遠い。けれども、もともとがゼロからはじまった人間の一生なのだから、せっかく与えられた、この長いか短いかわからない人生、後悔だけして終えるのはほんとうにもったいないよね、気持ちを切り替えようか、とまるで旧友の助言のように、自問自答を繰り返していく。「希望はまだある」と自分に言い聞かせること、これが有効だ。

人間、今を頑張れば、その結果、未来がよくなる。未来がよくなると、悪かった過去も押し上げられて、苦しかった過去さえ、笑い話になってしまう。ほら、結局、今に戻って来た。よし、という気持ちになることが、大事だ。苦しかった現実はもはや過去でしかないし、自分には輝かしい希望の未来だけがある、と思うことが大事で、そのためには「今」を精一杯生きるしかないのだ。

だから、ぼくは今日も希望回復作戦の真っただ中なのである。

滞仏日記「希望回復作戦」