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滞仏日記「息子の恋人は結局パリに来れなくなった」 Posted on 2019/10/30 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、一月前くらいから「恋人が来る」と大騒ぎしていた辻家だったが、いよいよ明日、エルザがパリにやってくるというこの段階で、それが突然、不可能となってしまった。息子はエルザを迎え入れるために部屋の大改造までやったというのに、結論から言うと、物理的に彼女がパリに来ることが出来なくなった。いわゆる、フランス名物の国鉄(SNCF)ストのために。息子君はぼくの前にやってきて、
「会えなくなったんだ!」
とだけ叫んだ。

テレビをつけるとどこもかしこも国鉄のストのニュース。たとえば今日、明日はフランス国内の仏版新幹線(TGV)が10本のうち7本も運休する。今回のストは、退職条件への不満からのストライキのようで、妥結されるまでこのストが断続的に続く。どの便が運休するかは、24時間以内に報告される。エルザは見事に的中となった。10本中7本が運休するので、自動的にそのしわ寄せが他の便へと広がり、どの便も満席になる。息子に会いに来たくてもエルザは来れなくなってしまった。

来月、エルザの誕生日のために息子もナント行きのチケットを購入済みだが、これも行けるかどうか、その前日の24時間前までわからない。さすがフランスである。エルザや息子は旅行者じゃないからまだましだが、観光客がこれに遭遇するとたまったものじゃない。旅行の計画は一瞬ですっとんでしまう。フランスの国鉄やエールフランスはあえて、みんなのバカンス時期にこれをぶつけてくる。これは、フランス式のストのやり方で、スト慣れしているフランス人は自分たちの生活に置き換え、やれやれ仕方ないな、で済むが、外国人観光客はそうもいかない。もちろん、払い戻しされるので、旅行者の皆さんは窓口へ!

今回のフランス国鉄のストライキがいつまで続くのか、今のところ誰にもわからない。12月5日に大規模なストが予定されているので、その辺が一つの節目になるのかもしれないが、退職後の条件で折り合いがつかなければストはさらに続くかもしれない。それでも、自分たちの未来を自分たちで変えていくという姿勢は黄色いベスト運動とも通じるところがある。フランスは階級社会なので、貧しい人たちと豊かな人たちとの間で乖離が激しい。どちらにも言い分があり、その隙間を埋めるためにストやデモは日常的に起きている。行き過ぎるデモにはもちろん批判が起こるけれど、ある程度の過激さは許容されたりする。15年前にはじめて遭遇したデモは、ぼくの目の前で新聞スタンド店が炎上していた。外国人にしてみると戦争が起こったのかという状態だが、デモ隊が通過すると、その直後に普通の生活が再開される。

それにしても、フランスはデモやストだらけである。この国では主張すると突然それが通ったりする。ネゴシエーションが大事なのだ。警察やビザのコントロールなどでも、食い下がっていると主張が突然認められたりする。ぼくは何度もそうやって、難関を突破してきた。だから、ストやデモがなくならないのだと思う。ある意味、大変だけど、人間的で面白い国でもある。

滞仏日記「息子の恋人は結局パリに来れなくなった」