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滞仏日記「急遽、息子からの帰仏命令」 Posted on 2019/11/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、急遽、予定を切り上げてパリに戻ることになった。いつも息子の世話をしてくれているロベルトの誕生日会をやろうということになったのだ。ぼくが仕事で日本にいる間、彼はいつも会社を早退してご夫妻で息子の世話をやってくれている。しかし、今回、リサが仕事がらみの旅行で不在中、何も予定がないのだとか。そこで息子とロベルトの息子(アレクサンドル)がオーガナイズして、共通の知り合い、つまり、パパ友たちに声をかけ10人くらい人を集めて「シークレット・パーティ」を計画したのである。その準備のために一日早めて帰ってこれないか、という連絡。ちょうど退屈しはじめていたので、渡りに船であった。ぼくはアントニオの店でベジョータハムをどっさり買い込んで、空港へと向かった。

息子の計画によると、完全なシークレット誕生日会にしたいとのことであった。仕事帰りのロベルトにバイクでアレクサンドルをぼくの家までおくらせ、「ちょっと上がって行けよ」とインターホン越しに告げ、ドアをあけたら、パパ友数人がグラスを持ち上げ、満面の笑みで、おめでとう~、という憎い演出である。パパ友は、ウイリアムのお父さん、エミールのお父さん、ポールのお父さんに一応声をかけている。まだ増えるかも…。

ぼくはもちろん、シェフをつとめる。約7人分の料理を作る。大したことじゃないけど、ケーキをどうするか、で悩んだ。世話になっているので手作りケーキで祝ってやりたいけど、家に戻って17時、そこから買い物に行き、仕込みをやり、ケーキまで作れるだろうか。ダメな場合は日曜の朝にデパートまで買いに行けばいい。午前中はやっているはずだから。そうだ、海外旅行中のリサにヴィデオレターの依頼を忘れていた!!!

と、ここまではよかったが、飛行機に乗ったら、ちょっとした事件が起きた。ぼくを載せた旅客機が離陸の直前で「停止したのだ」。16番A席に座っていたフランス人がいつまでも通話をやめないので、男のCAさんが「通話をやめないと離陸できません。携帯はオフに」と三度警告をしていたらしいのだけど、男はやめなかった。そこでCAさんが機長に通報し、飛行機が滑走路に入ったところで緊急停止した。うまれて初めての経験だった。CAさんがマイクで「再三、やめるように話しをしましたが16番A席のお客様が通話を続けているので離陸できません。皆さんには迷惑を掛けますが、通話が終わり次第、機内モードになったか確認し離陸させてもらいます。通話が続くなら駐機場まで引き返します。携帯の通話が原因の事故はものすごく増えていて、大事故につながる危険な行為ですので、皆さんもこれを機会に考えてください」と言った。はっきりとぶれずに、堂々と言ったので、機内は拍手喝采に見舞われ、当然、その客は通話をやめることになる。しかし、大の大人がこんなこともわからないのか、と呆れかえった。みんなに迷惑がかかり、しかもみんなを巻き添えにしかねない行為、考えてもらいたい。このCAさん、とっても面白い人だった。

滞仏日記「急遽、息子からの帰仏命令」

で、離陸後、ぼくは勇敢なCAさんを捕まえ、あんたは立派だった、と話した。フランス一のCAさんだ、という話しから、世間話にうつった。とっても気さくな感じの心地よい男性だった。(フランス人にしては珍しいタイプだ)。日本に興味があったみたいで、思わず話し込んでしまった。途中で、ぼくが60歳になったんだけど、大きな仕事が延期になったり、子育てに疲れたり、くたくただったからセビリアに逃げていた、と相談をしたら、泡でも飲んですっきりしたらどうですか、と面白い提案を受けた。値段訊いたら小さなボトルが800円、まぁ、それならいいね、と頼んだところ、こんなサプライズのシャンパンセットを持ってきてくれた。チップスはおまけだそうだ。還暦のお祝いは一度タイタンの方々がやってくれたけど、家族関係、友だち関係ではなかった。だからか、思わず、いい思い出ができたじゃないか。頑張らなきゃ、とピレネー山脈を眼下に見下ろしながら、マジで思った ニカッ。

滞仏日記「急遽、息子からの帰仏命令」