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リサイクル日記「日本のお父さんVSフランスのお父さん」 Posted on 2022/12/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今夜は友人のランベールから呼び出されてカフェで軽く話しをすることになった。彼の息子さんが最近ちょっと不良化しているそうで、うちの息子に助けを求めてきたのだ。きっと、それは協力できると思うけど、あとは息子次第なので、訊いてみるよと言ったら、安心していた。フランスの高校生たちも、進学へのストレスから、不良たちの誘いに乗りやすくなるみたいだ。お父さんが心配する気持ちもわかるが、こういう話しをしにくるのがお母さんじゃなく、だいたいお父さんというのが面白い。ま、ぼくが男だから男同士話しやすいというのもあるのかもしれないけれど…。

ランベールに「フランスのお父さんとしての本音」を聞いてみた。とくにはないよ、べつに愚痴とかないし、とランベールは笑った。逆に、日本のお父さんとフランスのお父さんってどう違うの? と訊かれてしまった。
「たとえば、子供の送り迎えは日本の場合圧倒的にお母さんなんだよ、仕事があるから。でも、フランスは半々じゃん」と言うと、そうだね、とランベール。
彼は4区に住んでいるのだけど、
「うちの学校はお父さんの方がお迎え率は圧倒的に高いよ」
と言い出した。
「PTAの会合とかも日本の場合はだいたいお母さんだよ」とぼくが告げると、ランベールは「うちは僕が行く方が多いよ」と言った。

フランスの場合、学校行事や説明会への出席はお父さんとお母さん半々くらいだ。「ぼくが子供の頃は父が忙しいので週末くらいにしか顔を合せなかった」と言ったら、ランベールはフランスの場合、「お父さんは子供とべったりだよ」と言った。
「だって、おしめもかえたいし、勉強も教えたいし、ご飯も作ってあげたい。フランスのお父さんって、子供のことを何でも把握してないと気が済まないんだとよ」と言った。
「宿題が何か、とか、どんな先生が教えているのか、あるいは修学旅行の宿泊先まで、お父さんたちはみんな知りたがっている。なぜなら、フランスのお父さんは自分の子供がどういう風に育っているのかを、自分の仕事以上に気にしているんだ」
とランベールが力説した。
「だから、今、息子が不良っぽい子たちと付き合っているのを知って、毎日が憂鬱なんだよ。君の息子は正義感も強いし、彼に頼りたいんだ」

「ところで奥さんはその件に関してどう思っているの?」
「うちの人はおおらかなんだよ。不良ったっていろいろいるでしょ、ジェームスディーンのような不良ならいいんじゃないのって…」
ぼくらは爆笑しあった。なんとかなるよ、とぼくはランベールの肩を叩いた。

フランスの女性、とくにパリジェンヌというのはかっこよくて怖いというイメージがあるけれど、これも間違えたイメージだ。実はパリジェンヌは夫に尽くす人が意外に多い。誤解のないように言わなければならないけれど、パリジェンヌが怖いというイメージ、ちょっとは正しいけれど、それは小さい頃から徹底したフェミニズムの中で育っているので、彼女らが怖いのじゃなく、男たちが女性ファーストを徹底しているからで、もう一つ裏を返すと、男たちが結構頑張っているからというのか、それが男の役目だと幼いころから教え込まれてきたからで、ぼくはそこを不満に思う男がもっといてもいいのに、と思ったけれど、彼らはその点については全員が苦笑して、肩を竦めてみせた。やれやれ。
「君たちの本音はなんだい?女たちに言いたいことがあれば日本人のぼくが聞いてあげるよ」
ところが実際、フランスのお父さんたちから妻たちへの悪口はあんまり出てこなかった。それ以前に、男たちは自由で、自分の思う通りに生きているのも事実だ。フィフティフィフティな関係と言える。子育ても家事も妻にまかせっきりという人はあまりいない。自分たちもやりたいのである。子育てや家事やなにもかも…。ぼくの周囲は特に子供命のお父さんばっかり。学校行事はお父さんの方が主役だったりする。拍子抜けしていると、ランベールから訊き返されてしまった。
「日本のお父さんたちの本音はなに?」
ぼくは笑った。
「う~ん、今度、日本に戻ったら聞いとくね。ただ、ぼくの本音は、幸せな余生を送りたい、ということかな。何が幸せかわからないけど、幸せだと思える人生を探してみたい」
そう告白すると、ランベールは、たしかにね、と言って笑い出してしまった。

リサイクル日記「日本のお父さんVSフランスのお父さん」