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滞仏日記「世界がこんなに大変だというのに」 Posted on 2019/11/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝起きてネットニュースをみたら、女優さんが麻薬で逮捕されたというものばかり。そのことよりも、他にもっと知りたいニュースがあるのにと、思った。でも、芸能事のこういったニュースが大きく扱われるのは世の中が何を求めているかの現れなのだろうから、自分と世界がどこでどのように接続されていて、関係性がなりたっているのかを知るには一つのバロメーターになっているのかもしれない。

文芸誌に依頼された掌編小説を書き上げるのにちょっと手こずったので、料理が出来ず、ランチを息子と食べに外出。「何が食べたい」と訊いたら「久しぶりに韓国」と息子が言った。そういえば日韓関係が悪化してから馴染みのコリアンレストランに行ってない。行かなくなると、こういう時期だし、なんか気になってどんどん行けなくなる。正直に話すと、「パパ、そういう時期だからこそ、あえて行こうよ。僕はぜんぜん気にしないし、お店の人も寂しがってると思うけど」と大人のようなことを言った。そういえば、昨日、小説「真夜中の子供」が来春韓国で出版、という知らせが届いた。しばらく韓国での日本語の小説の出版は無理だろうな、と思っていた矢先だったので、ちょっと驚いた。そして、日本語の小説をこの時期に出す出版社があるんだ、とも思った。いや、まだ本当に出るかどうか…、その時まで誰にもわからない。

半年ぶりくらいで、本当に久しぶりに店に顔を出すと満席だった。(最近、パリで韓国料理は大ブームなのである) 顔馴染みの女店員さんがぼくらを見つけ、あ、という顔をした。ちょっと気まずい感じで、やあ、と告げると「満席なんです」と申し訳なさそうな顔をした。帰ろうとしていると、「辻さん、あの、また来てください」と言った。「スペインに行かれたんですね、観ました」「え? 観たの? なに? インスタ?」ぼくが笑うと店員さんもくすっと笑った。なんか、垣根を作っていた自分が恥ずかしくなった。ああ、ビビンバ食べたかった。また次回にね。

ぼくは食後、夕飯の買い物に大きなスーパーに、息子は一人で先に帰った。ところが息子から30分後に電話があり「黄色いベスト運動の大規模デモに巻き込まれ、メトロ降りれず、今、シャンゼリゼ。だから、アレクサンドルの家によって帰る」とのこと。なんとデモが始まって今日でちょうど一周年なのだそうだ。そして久しぶりに大きなデモらしい。でも、慣れてしまって、あまり話題にもなっていない。来月のフランス国鉄の無期限ストの方をみんな心配している。「気を付けて帰って来て。デモだから迎えに行けないからね~」黄色いベストを迎えに行けない口実とした。

午後、YouTubeの動画の撮影をやった。最初、一人で撮影をしていたのだけど、フライパンの目玉焼きを皿に移すところの映像がどうしても撮れない。その前の場面も手振れが酷くて、困っていたところに息子。「手伝え」ということで後半から撮影がスムーズになった。「ついでに編集もやってくれ。編集費、一本、2千円!」

滞仏日記「世界がこんなに大変だというのに」



夕方、仕事部屋でギターを弾いていると、背後に人の気配。振り返るとギターを持った息子であった。「どうした?」「ギターを習いたい」ぼくは今まで(本格的に)彼にギターを教えたことがない。なぜかというと、習いたいと思わないものは教えても上達しないからだ。「なんで習いたいんだ?」「友だちがバンドやってる。一緒に演奏したんだよ」そこで、ぼくはYouTubeでチャック・ベリーのロックンロールを検索し聞かせた。大昔のロックンロールだ。でもそこにはあらゆることの基本が詰まっている。二人で暗い部屋で「ジョニービーグッド」を練習した。今日、一番、楽しいリアルな時間でもあった。

世界のことを思った。香港、ボリビア、トルコ、サンチャゴ、バルセロナ、イギリス、あっちこっちから気になるニュースが舞い込んでくる。日本国内でも分刻みで、無視できない、見逃せないニュースがたくさん起きている。でも、ぼくは全てに超間接的に関わっているというのに、実は全てに関わることが出来ないでいる。ぼくは机に向かい掌編小説の続きに向かった。1968年の五月危機を生きた青年の淡い苦悩の物語である。作家ってのんきな仕事だと思いながら、升目を埋めている。世界がこんなに大変だというのに。

滞仏日記「世界がこんなに大変だというのに」