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滞仏日記「マドモアゼルが消えたフランス」 Posted on 2019/11/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスでは女の人のことをマダム、男の人をムッシュと呼ぶ。日本だとマダムは「婦人」で、ムッシュは「紳士」だろうか。フランスでは女性に話しかける時、必ず、「マダム?」と呼びかける。日本で「婦人?」と呼び止めることはあまりない。デビィ婦人だけだね、「婦人」と呼ばれて問題ない人…。どっちかというとある程度年齢を重ねるといっしょくたに「奥さん」とか「お母さん」にしてない? 奥さん、お母さんは、人ぞれぞれ状況が異なるので使い方が難しい。

若い子たちは成人の男女に「おばさん」「おじさん」と呼びかけるけど、成人の男性が女性に「おばさん」というとかなりやばい…。東京の人は成人の女性に「あの、すいません」と呼びかける。大阪の男の人は「お姉さん」をよくつかう。おいちゃんになると「ねえちゃん、ねえちゃん」と親しみが増す。ぼくは嫌いじゃないけど、これが嫌だと思う人もいるでしょう。しかし、この細やかな気遣いを持つ「お姉さん」が「マダム」に近い気がするのはぼくだけ? ただ、フランスの「マダム」も「ムッシュ」も、男性でも女性でも子供でもみんな一律につかう。そして、未成年の女の子のことはマドモアゼルと呼んでいた。ところが最近、この呼び方が性差別にあたるとされ、フランスの行政文書などでは「マドモアゼル」の使用が廃止されてしまったのだ。(実はもう少し細かいことになっているが、それは複雑すぎる話しなので次の機会に譲りたい…)そもそも、フランスのフェミニズム団体が性差別と訴えたから、こうなったらしい。 

滞仏日記「マドモアゼルが消えたフランス」



未婚の女性を「マドモアゼル」と呼ぶことに性差別を感じるというのはちょっと考えれば確かにわかる。しかも、男性に「マドモアゼル」に当たる言葉がないことも差別的かもしれない。じゃあ、少女を何と呼ぶのかというと「ジュンヌ・フィーユ(若い女の子)」ということになる。男性は「ジュンノム(若い男の子)」である。ところが子供たち、とくに女の子たちはマセていて、早くマダムと呼ばれたがる。いつまでも子供でいたい、若くいたい日本の社会とはちょっと異なる。子ども扱いされるのが嫌で、みんな背伸びをする。男の子たちも「ムッシュ」と呼ばれる日が、まさに晴れの日みたいな感じなのかもしれない。外で誰かに「ムッシュ」と言われたら、成人になった気持ちになるらしい。よくわかる。

日本には「ムッシュ」にあたる言葉がないので「おにいさん」と「おじさん」の狭間でみんな暫く悩んでいる。そもそも「紳士」と呼ばれることは確実にないので、「紳士」が「ムッシュ」にあたるとはどうしても思えない。「にいちゃん、にいちゃん」ってやっぱり人間味がある呼び方だね。

先日、デパートで買い物をしていたら、狭い出口で若い女の子と一緒になり、「マドモアゼル、どうぞ」と順番を譲ったら、「ムッシュ、私はマダムよ」と否定された。10歳ちょっとの女の子だったので、面食らった。別の日、どこかのカフェであきらかに年配の女性に「マドモアゼル」と言ってる(口説いていたのかな?)おじさんがいた。なんとなくマダムは嬉しそうだった。別の日、市場でちゃきちゃきの店主が自分より年上のおじいさんに「ジュンノム(坊や)!」と呼んでいるのがかわいらしかった。この辺は、臨機応変、TPOで対応を迫られる。行きつけのサンドイッチ屋の主人は自分より若い男のお客さん全員を「キャプテン」と呼んでいた。キャプテン、かあ。なんとなく、がんばろうかな、と思えるじゃないか。

それにしても「おじさん」「おばさん」「おじいさん」「おばあさん」って、自分がそろそろ「じいさん」と呼ばれてもおかしくない年齢に近づいたせいか、物凄く失礼な呼び方だな、と思う時がある。その点フランスはずっと死ぬまで「ムッシュ」なのだから、これは無難だし、人に嫌な気持ちを与えない。女性に対しても、既婚なのか未婚なのか若いのか若くないのか、そういうことを考える必用がなく大きな意味で女性全員につかえる「マダム」は最強かもしれない。「ミス」「ミセス」よりも広大な感じがよい。
「メルシー、マダム!」
「ウイ、ムッシュ」
とってもスマートではないか。

滞仏日記「マドモアゼルが消えたフランス」