JINSEI STORIES

滞仏日記「息子と大事なことを話す」 Posted on 2019/12/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子と二人きりの夕飯時は父子家庭にとってお互いが考えていることを認識しあう時間でもある。振り返れば、息子が小学生の高学年から高校生の現在まで、ぼくらはこうやって二人で食事を続けてきた。負け惜しみじゃなく、なかなか、男二人の生活も悪くはないものである。ただ、夕飯時、彼の口から昔話が出ることはほぼない。彼は記憶力がよく、十年前にたった一度しか会っことがない人のことまでよく覚えている。だから過去を消し去ったとは思えない。しかし、息子の口から子供の頃のことや、いわゆる昔の家族のことが話題に上ることはない。そんな息子の心の中を覗く大事な時間が、この夕食時なのである。彼が日々、何を思い生きているのかを父親としてはできるだけ把握しておきたい。無理やり会話をすることはないが、話したそうな時は面倒くさがらず、出来るだけ真剣に聞いてあげることにしている。今日は、来月に迫った息子の16歳の誕生日についてのお願い、からはじまった。

滞仏日記「息子と大事なことを話す」



「来月のぼくの誕生日なんだけど、友だちたちをここに呼んでピジャマパーティをやりたいんだけど、いいかなぁ」
ピジャマとはパジャマのことで、子供たちがお泊りをして朝まで騒ぐパーティのことだ。こっちの子たちは大人が近づきだすとやるようになる。アレクサンドル君の誕生日に小学校時代の同級生ら6人が集まり、ピジャマパ―ティが開催された。
「もちろん、いいよ。誰もが通る道だ。パパがご飯作ってやる。で、誰が来るの?」
「アレクサンドルとイロナを呼ぼうと思っている。エルザも来たいらしいから、全部で4人」
ぼくは黙った。アレクサンドルは幼馴染みだからいいけど、イロナとエルザは女の子なのだ。しかもエルザは遠方からやって来る。
「前にも話したと思うけど、もう君たちは大人だから、悪いが我が家に女の子を泊めるわけにはいかない。それにエルザは遠方からやって来るわけで、話しはもっと複雑だ」
暫く考えて、
「わかった。じゃあ、諦める」
と息子が言った。
「いいか、君たちは子供から大人になろうとしているある意味とってもデリケートな世代だ。たとえ、向こうの親御さんがいいと言っても、パパはいいとは言えない。みんなしっかりしたちゃんとした子だということはわかっている。でも、女の子を預かることはできないんだよ。差別じゃなく、君たちが年ごろだからだ。男の子だけで集まればいいじゃないか」
「そうなんだけど、男とか女とか、ぼくはジェンダーで分けて友だちを考えてないから。でも、パパの言うことも分かる。残念だけど、このことは諦めます」
エルザとは恋人ではなく、いい友達になった、と言っていたけど、根本は何も変わってない。やっぱり、まだ根底では子供なのだ。もちろん、彼の考えは正しいけれど、そこを導いてやらなければならないのがぼくの役目であろう。なんでもかんんでも許可するわけにはいかない。ぼくが一人で子供たちを全員見守る自信もない。ご飯やおやつはいくらでも作ってあげられるのだけど。
「パパ、ごめん。無理だと分かっていたけど、今のぼくにとって一番大事な友達は、アレクサンドル、イロナ、そしてエルザなんだ。男の友だちをここに4人選んで集めても僕は嬉しくない。男とか女ということの危険性は理解しているけど、本当に大切な友だちたちと、16歳の一度しかない誕生日にみんなで夜更かしをして語り合いたかっただけだよ。エルザがそこに参加したいというから、ぼくは嬉しかった。自慢したい友だちたちだし、ぼくもエルザをみんなに自慢したかった。でも、パパの立場もわかるから、この件は忘れてね」

滞仏日記「息子と大事なことを話す」



食事が終わると、息子は自分のお皿を持ってキッチンに行く。別に落ち込んでいる感じでもない。ぼくはその背中に向かって、
「何かいい解決策はあるはずだから、もうちょっと考えてみよう。まだ一月半も先のことだ」
と声をかけた。うん、と息子は返事をして自分の部屋に入った。物分かりはいいし、悪いことはしないし、勉強も頑張っているし、なんとか応援してあげたいのだけど、こういう葛藤も彼にとってはとっても大事な人生勉強。なので、できないことはできません、と我が家でははっきりと告げることにしている。ともかく、夕飯の時にいろいろなことが決まっていく。だから、ぼくは毎日、話しが弾むように、美味しいものを拵えるのである。

自分流×帝京大学