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滞仏日記「なぜ、日本で気候正義が広がらないのか」 Posted on 2019/12/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、2年ほど前のこと、当時、13歳くらいだった息子のクラスメイトたちが息子の部屋に集まり車座になって「未来はない。ぼくらの時代はもうおしまいだ」と話しこんでいた。フランスの子供たちは「気候問題」について真剣な議論を重ねている。(YouTubeなどでこの話題が続いているからかもしれない。フランスのYouTubeはこの手の議論系が主流である)若い子たちの話しを聞いていたぼくは心のどこかに「まだ、地球はそこまでやわじゃないよ」と思う意味の薄いゆとりがあった。子供と言うのはだいたい大げさな生き物だから…。今だって、もしかすると、自分が生きている間はなんとかなる、とぼくは思っていたりする。その切実さは、息子の世代が抱えるものとは大きく異なっている。それは認めざるを得ない。この歳までこの文明社会の中でどっぷり浸かって生きてきてしまったせいもあり、政治家や国連の誰か優秀な人たちが対策を立ててくれるだろうと思っている人任せなところもあった。それはきっとぼくだけじゃなく、日本の大人たちの大半がそうじゃないか。そのタイミングで「気候のための学校ストライキ」をはじめたグレタ・トゥーンベリさんが出現した。

滞仏日記「なぜ、日本で気候正義が広がらないのか」

グレタについては凄い子が現れたとは思うけれど、じゃあ、彼女が訴えることに対して、自分に何が出来るのか分からず、どう行動するべきか、の答えも残念ながら持ち合わせていない。出来るだけゴミを分別することしかできない。生きていれば、車にも乗らないとならなし、飛行機にも乗るので、きれいごとが言えない大人になってしまった。でも、息子たちの世代は違う。日本ではほとんど報じられていないけれど、欧州中で彼女のメッセージに賛同する学生たちが立ち上がって、欧州の各都市で本当に大規模なデモを繰り返している。ここ、パリでも。これは大きな政治的なうねりになりつつある。だからトランプ大統領はあんなにグレタさんを敵視するのかもしれない。脅威を感じているからであろう。脅威を感じなければ、16歳の小娘にあそこまでムキになる理由はない。

そのことをよく現す出来事がクリスマス直前に息子のクラスの女の子の家で起きた。その子のお父さんがゴミを仕分けせずに捨てていたら、お母さんが「燃えるゴミと燃えないゴミを分別してください。環境のために」と叱ったのだそうだ。するとそのお父さんは激怒し「黙れ、グレタ・トゥーンベリ!」と叫んで家を出て行ったのだとか。娘さんはこのことをフランス版のライン、ワッツアップで仲間たちに拡散した。この出来事は翌日、息子のクラスメイトたちの間で大きな議論を巻き起こした。つまり、お父さんの口から飛び出したグレタの名は、同時に、気候問題の代名詞でもあった。世界中で大人たちはグレタ・トゥーンベリを引き合いにだし、「気候問題を持ち出して学校を否定する子の思想にかぶれて」と彼女を支持する子供たちを否定している。耳を傾けて大人の対応をするのでなく、ここフランスでも、危険思想的な感じでアレルギーをおこしている。なぜだろう。大人たちの経済活動を攻撃するからか? わずかに16歳の少女に対して…。



かくいうぼくもグレタさんをどこかで子供扱いしている。でも、自分には何もできなかったことを認めなければならない。次の世界は息子たちに委ねることになる。復旧できない世界を手渡してはならない。ぼくらがこの手の若い人たちを色のついた思想にかぶれたおかしな連中と排除していいのか、疑問が残る。なぜ、トランプ大統領はグレタさんをホワイトハウスに招いて、世界中の子供たちにむけて真剣な議論を展開しないのであろう。北朝鮮の金委員長とはテレビカメラの前であれほど大げさに握手してみせるというのに…。彼女の背後に物凄い数の子供たちがいるのであれば(いや、仮に少数派であろうと)、世界のリーダーは真摯に耳を傾け、彼女が間違えているのであれば、ツイッターで揶揄するのではなく、大人としてしっかりと子供たちを諭すべきではないのだろうか。

今年、台風19号をはじめ、巨大な台風が日本に襲来し続けた。アメリカには巨大ハリケーンが…。19号規模の台風が毎年、来年以降、日本に襲いかかったらどうなるだろう、とぼくはライブが台風で延期になった日、宿から打ち付ける雨を見つめながら思った。140か所以上の堤防が決壊し、物凄い数の家が浸水した。ぼくが子供の頃、日本はここまで熱帯ではなかった。夏が昔とは違っていると思う大人はぼくだけだろうか。 

滞仏日記「なぜ、日本で気候正義が広がらないのか」