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リサイクル日記「他人とぶつからないための大事なルール」 Posted on 2022/08/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、人間が苦しくなるのは、だいたい人間とぶつかるからである。ぶつからないための方法は、この人苦手だな、と思ったらあまり近づかないこと。こっちが無理しないとぶつかるような人間というのは必ずぶつかるので最初から用心をしておくに限る。実は気が合っていたのだけど、だんだん認識がずれてきて、そのうちギスギスしはじめ、結局、仲が悪くなるというケースが多い。一度、関係が壊れると、そこからはなかなか後戻りできなくなって、どんどんぶつかるようになる。人を介して悪口が聞こえてきたりすると、もともと親しかっただけにストレスも倍増する。絶交するような相手というのは、結局、最初は親しかった仲間だったりする。親しいからそこまで関係がこじれるのだ。そうやって辛い経験を何度かすると、人を見る目が変わってくる。自分が傷つくのを防ぐようになる。この人はもしかすると違った一面があるのかもしれない、と思って相手を見るようになる。最悪を最初に想定し、逃げ道を残しておくのがいいだろう。いざ、それが現実になった場合でも、ほらね、で自分を納得させることができるからだ。第一印象は嘘をつくことがあるけれど、第一印象をバカにしてはいけない。直観というものは、だいたい当たっている場合が多い。



ぼくの前ではいつも笑顔なのだけど、ぼく以外の人の前での態度にギャップがある人というのは警戒した方がいい。そういえば、かつて、凄く仲のいい友達がいた。でも、その元仲間は人の悪口が好きなやつだった。会うたびに、そこにいない誰かの噂話や陰口をさも自分が見たかのように話す。こういう人が実は多い。悪口や陰口を聞かされるのが嫌になって、いつしかぼくはその人と会わなくなった。するとその人は今度はぼくの悪口を別の誰かに言うようになった。悪口が聞こえてきた時、やっぱり自分は正しかった、と思った。悪口、誹謗中傷、噂話が好きな人は残念だけど、一生誰かの話題を面白がって批判して生きている。こういうのは聞かされる方がつらいし、実は悪口というのは、狭い部屋で誰かが吸うたばこの煙みたいなもので、吸わない者までもが巻き込まれる。そこに関わっている限り、嫌な思いをし続けることになるので、即座に離れた方が身のためだ。我慢をして他人の悪口を聞き続けるとこっちの心がその煙のせいで真っ黒になってしまう。人間関係というのは距離感がとっても大事だったりする。

常に、用心ばかりはできないけれど、自分が傷つかないように最低限の車間距離は保っておくべきかもしれない。車だって、きちんとぶつからないように車間距離をあけるよう法律で決められているのだから。親しき仲にも30メートル。これで事故は未然に防げるというものだ。

リサイクル日記「他人とぶつからないための大事なルール」

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