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滞仏日記「息子の友人ネモは世界放浪をしながら学んでいる」 Posted on 2020/01/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリの交通ストはまだ続いている。息子が友達の誕生日会に呼ばれたので15区の彼のアパルトマンまで調子の悪い車で送ることになった。プレゼントを用意してないというので文具屋に立ち寄り物色した。ジーンズの生地がカヴァーのノートがあったので、これは、と訊いたら、
「ネモは学校行ってないから。そういうものじゃない方がいい」
と言った。
「学校、やめたの?」
「行ってるけどインターネットの学校に通ってる」
「なんで?」
「彼は今、両親と世界一周の旅に出てるんだよ。今月はパリに滞在しているから、急遽誕生日会をやることになった。でも、本当は11月生まれなんだ。次にパリに戻るのは一年後だから、みんなで会って祝おうということになった」
どうやら、ネモ君は中学卒業と同時に両親と三人で世界放浪に出た。お父さんは僕よりも年上だということなので、もしかすると思い出を作りたかったのかもしれない。
「ネモは世界中を転々としながらリアルな世界を体現し、同時にネットを通してその意味を学ぶ。これはとっても有意義だと言っていた。12月は東京で生活していたみたい。その前は上海、その前はインドのムンバイにいたんだ」
「勉強はついていけるの? 友だちがそばにいなくて大丈夫なの? 」
「パパ、今の時代はぼくらだって、結局、パソコンを通しての授業が中心だから、ぼくらからすると、家族で仲良く旅をしながら、ネットやパソコンで勉強しているネモの方が、リアルとバーチャルの先端にいる気がする。彼と彼の親はそういう選択をした。ネットの中で学び、リアルな感覚は世界を旅しながら習得していくというわけだ」

滞仏日記「息子の友人ネモは世界放浪をしながら学んでいる」



OECD(経済協力開発機構)が行った世界の15歳の「読解力」「数学的応用力」「科学的応用力」の3分野を測定したPISA(学習到達度調査)で中国が世界一になった。日本は残念ながら、前回調査の8位から今回は15位へと後退をした。中国が世界一に輝いた背景に「詰め込み主義や激しい受験戦争」または「PISA狙いの用意周到な準備」が挙げられているが、それよりも日本のPISAランクがぐんと下がったことの方が気になる。何が悪いのだろう? 実はパソコンを使いこなす授業が少ないからではないか、とぼくは思った。

世界の教育現場はぼくらの想像を超える速度で、急速にICT化している。ICTとはinformation and communication technology の略だ。世界の子供のパソコン使用率が急成長している中、唯一、日本だけ低下した。たとえばマカオを例に挙げると、2009年に19%だった子供たちのパソコン使用率が2018年には71%までに増加しているのだ。



フランスだと、宿題もネット上で出されるし(PTAもネット内にあるし、成績もネット上に出る)、一つの主題についてパソコンを駆使してクラスメイトたちと調べ、発表する。パソコンが学業の中心に鎮座している。生徒と学校と先生はリアルなつながりの他に、パソコンを介しても密に繋がっている。フランスではICT化の流れをくんで、中学生になるとほぼすべての子供たちにタブレットが配布され、パソコンを介した授業が行われている。息子たちも何年も前からパソコンで宿題を受け取り、パソコンでクラスメイトと繋がる授業をやっている。日本でも今年(2020年)からタブレットの配布が始まる、ただし、学校への配布、学校に人数分設置ということのようだ。(本当に一人一台のタブレットが割り振られるのかは、まだ疑問視されているようである。また日本はパソコンを扱える教師の不足も報じられている)フランスの場合は、卒業するまで、タブレットは子供たち個人のものとなる。そして、教師と子供たちはパソコンで強く繋がっている。(タブレットの全児童への支給は2017年くらいから始まっている)

調べてみると、日本では、佐賀県の高岸幼稚園では園児たちがタブレットで絵本作りをしたり、他の幼稚園の園児たちと交流したり、プレゼンテーションに活用しているのだとか。まさに、日本におけるICT化のさきがけであろう。ネモのようにネットの学校に通いながら、世界中を旅して国際感覚を学ぶというのは、かなりユニークな教育方法だと思う。上海や東京では一時的にその国にあるフランス人学校に留学している。この経験がネモにどのような影響を与えるのか、とっても興味がある。家族と共に、旅を通して人生や世界を学んでいくネモの青春時代はまた特別なものになるだろう。彼がどこにいても、ネットを通じていつでもどこでも小学校時代の仲間たちとは繋がっていられる。こうやってパリに帰る度に全員で集まり、夜更かしをしている。どういう刺激を息子がネモから受け取るのか、ちょっと楽しみでもある。息子が小学生の頃に言った言葉が脳裏に蘇った。パソコンばかりしないで、たまにはみんなと原っぱで走り回って来い、と言った直後の返答であった。
「パパの時代は野原で遊んだかもしれないけれど、僕らの時代の草原はパソコンの中にあるんだよ」

自分流×帝京大学