JINSEI STORIES

滞仏日記「短い人生の中の長い一日」 Posted on 2020/01/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝、メッセージが入っていた。いつも思うのだけど、こういう知らせは不意にやって来る。でも、ぼくはそれを受取ろうとしなかったのに、結局、受け取らざるを得なかった。なんだろう、心の準備はできていなかったけれど、それを受け止めていた。水漏れの後で家の中は大変散らかっていたけれど、息子の友だちたちが息子の16歳を祝いに集まってくるというので、それを抱えながら掃除をした。買い物に行き、それも一緒に掴んで、ジュースやパンを買った。そうしている間、ずっとあいつのことについて考えていた。音がしぼんで消えていくような、感覚である。力が出ない。なんでか、わからないけれど、涙が出るわけじゃないし、悲しいと騒ぐことでもないし、ただ、穴が開いた感じ。その穴の中を風が流れていく。そういうとっても静かな感じの中にぼくはいる。

ぼくがソファでぐったりしていると、ドアベルが鳴った。鳴らしたのはイヴォンだった。郊外からストにもかかわらずイロナがやって来た。言葉の通じないフランスの子供たちだ。イロナがぼくにチョコレートをくれた。ありがとう、と日本語で言った。彼らの騒ぎ声が子供部屋から響き渡った。一人になりたくなかったので、助かった。この子たちもいつか別々の道を歩き出すのだろう。何年かしたら、別の仲間たちと、或いは恋人と、生きているのに違いない。そして、ある日、こういう幸福だった頃を思い出す。息子は青春の始まりにいて、ぼくは青春の末期にいる。ただ、それだけのことだ。

結局、子供たちがうちで晩御飯食べていくと言い出し、ぼくはまたしても心を落ち着かせるためにキッチンに籠り、料理に集中した。白身魚のフライとひき肉のベトナム風プレート料理にした。テーブルに料理を並べてから、ぼくは仕事場に戻り、壁に立てかけてあったギターを掴んで、弦を弾いた。その音色が記憶を揺さぶる。ぼくはとくに懐かしい歌を選んで口ずさんでみる。コードがもう分からない。メロディは思い出せるのだけど、歌詞もあやふやで、最後は鼻歌になった。長い年月が流れているということである。子供たちの騒ぐ声が食堂から聞こえてくる。でも、不思議なことに、いい思い出しか覚えてないということだ。都合のいい人生じゃないか。心の準備というのはなかなか出来ないけれど、魂の準備は整っているのかもしれない。そうだ、あいつはずっとあいつだった。ぼくはずっとぼくだった。

滞仏日記「短い人生の中の長い一日」



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