JINSEI STORIES

滞仏日記「なんで? と思い続けた一日。ぼくが考えたこと」 Posted on 2020/09/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ニコラが咳き込んでいる、という連絡がお母さんからあった。
学校を休ませた、とのことだった。
この時期、咳き込む、とまず、コロナが疑われる。
「病院に行ったの?」とぼく。
「行ってないです。咳はしてるけど、微熱だし。かかりつけのお医者さんに電話したら、もう少し様子をみるように、って言われました」
「そんな。もし、コロナだったら、うつっちゃうじゃないですか?」
「でも、子供から大人への感染は今のところない、と科学者が言ってるので」
季節の変わり目で、ここのところ、ぐんと冷え込んできた。風邪を引く子が増えている。
しかし、風邪なのか、コロナなのか、わからないので、看病する親御さんたちは気が気じゃない。
子供から大人への感染は滅多にないという科学者の見解がフランスではまかり通っているが、区別がつかないからこそ、厄介なのだ。



ぐんと冷え込んでいると言えば、フランスのレストラン業界は相当に冷え込んでいる。
ロックダウン後、どこの店も路面に椅子とテーブルを並べて営業を続けてきた。
そのおかげで、倒産を食い止めることが出来ていた。
政府もこの方法が経済を回すのに一番有効だと思ったようで、当初9月までとしていたテラス席の許可を来年の6月まで伸ばした。
しかし、今日はダウンジャケットを着ていても寒い一日。
そうなるとテラス席で食事をする者はいない。
かといって閉ざされた店内も怖いので、これから冬へ向かう飲食業界への厳しさは増す。

滞仏日記「なんで? と思い続けた一日。ぼくが考えたこと」



今日はパリでレストラン業界の人たちの小さなデモがあった。
政府がバーやレストランの営業時間を22時までとしたことへの反発が噴出した形だが、感染拡大に歯止めがかからない現状、しょうがないのかもしれない。
コロナウイルスによる悪い影響が形を変えながら、居座り、長引いている。
景気のいい話しは聞こえてこない。
集会が禁じられ、飲む場所を奪われたまま、苦しい冬への突入が決定的になった。
テレビの司会者が、クリスマス前にもう一度ロックダウンがありそうな気配です、と喋っていた。

滞仏日記「なんで? と思い続けた一日。ぼくが考えたこと」



悲しいニュースは日本からも届けられた。
誰もがそのニュースを読んで、力が抜ける気持ちになったことだろう。
日本の芸能界で続く、それにしても続く、このような出来事は、コロナ禍のせいだけなのだろうか、それともたまたまなのか、ぼくは作家だけど、なぜこんなに芸能界の悲劇が続くのか、言葉がまとまらない。
今年はハナさんからはじまり、人々の心と寄り添う仕事をされてきた俳優やタレントの方々が、まるで判を押したように5人も続けてこの世を去った、異常事態である…。
こういうニュースが続くと、亡くなられた方への、「なんで?」という謎よりも、残された人たちのことが心配だ。
誰一人面識がないけれど、その悲しみの影響が及ぶものを想像してしまうし、映画やテレビを観てないぼくでさえも、言葉を失うのだから、ファンの方のことを思うと…。
それ以上に、残されたお子さんのことを思うと、うちの息子と変わらない年齢なので、胸が張り裂けそうになる。

滞仏日記「なんで? と思い続けた一日。ぼくが考えたこと」

これは、もうしょうがない出来事として、時に委ねるしかない。
あまりに不条理な出来ごとだが、みんなでこの世界をそっとしておくしかない。
自分の身近の人、ぼくの場合は息子とかに、大丈夫か、と声を掛けることで、それが同時に、自分をも励ますことに繋がる。
答えをだれも導き出せないのだから、今は手を合わせて、心を落ち着けるしかない。
こういう時は力を抜いて、ぼんやりしている方がいい。
人間は完全じゃない、解決出来ない難問があるのは当たり前、と自分に言い聞かせる。
緊張した身体をほぐして、少しだらっとしてもらいたい。
自分を追い込まないで、少しの間、この時代の厳しさを忘れてほしい。

「なんで?」

どんな徳のあるお坊さんであろうと、精神科の先生であろうと、今日の厳しい問いに答えられる人はいないだろう。
その人の気持ちはその人にしか、もしかしたら、その人たちにも分からない、ということもある。
ただ、「なんで?」に対する答えはないかもしれないけれど、ぼくらは、「なんで?」と自問することによって、自分をなんとか維持することが辛うじて出来ている。
「なんで?」と思える、ということは、それが普通じゃないということを理解出来る自分がそこに或る、ということ。
「なんでなんだ」という疑問が、少なくとも今、ぼくらを生かそうとしている。



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