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リサイクル日記「涙の理由」 Posted on 2022/09/14 辻 仁成 作家 パリ

人間は泣いて生まれてきます。赤ん坊は一日中泣いています。
子供は叱られると大泣きします。
そして、成長するに従いだんだん泣かなくなりますね。
大人になると滅多に泣きません。泣きたくても安易に泣けなくなるからです。
 

リサイクル日記「涙の理由」

 
お涙頂戴映画はだから流行るのかもしれませんね。憚ること泣けるから…。
「思い切って泣きたいあなたに」こういう宣伝文をよく目にします。
大人は映画館でしか泣けないの? 何故なんでしょう?
泣いたっていいじゃないか、と思うのだけど泣きません。いちいち泣いていたらきりがないからかもしれないですね。
辛いことが多すぎて。
泣きたい時には歯を食いしばれ、と先輩に言われました。
それが大人の世界なのです。
泣いてごまかす芸人さんや、政治家さんもいましたが、うちの母はテレビに向かって、「涙が出とらん、泣くなら心込めて泣け、この馬鹿たれが」と怒っておりました。
はいはいはい。

赤ん坊は泣いて訴えているのです。
おなかすいた、とか、機嫌が悪い、とか、かまって、とか。泣くことを恥ずかしがりません。泣かない赤ん坊はミルクがもらえないからでしょうね。泣いて主張するしかない。
大人が泣くのはその名残りです。
恋人にふられたら泣きます。訴えているんです。
親しい人が死んだら泣きます。訴えているんです。
悔しい思いをしたら泣きます。訴えているんです。
泣くことは悪いことじゃありませんよ。
第一、泣いた子はすぐに笑います。
泣いて心を浄化して、気持ちを入れ替えるから笑えるのでしょうね、すぐに。
流す涙で心を洗っている。
 



リサイクル日記「涙の理由」

 
泣きなさい、笑いなさい、という歌がありますね。
辛い時は、泣けばいいんです。我慢する必要なんかないですよ。
涙を流しましょう。
人間は涙を流すことが出来る動物です。
きっと神様が気を使い過ぎる人間のために考えてくれた特技。
涙がしょっぱいのは海の味です。
だから、海に行って、ばかやろう、と泣きながら叫ぶ。
ああ、すっきりした、と泣きやんだ後、鼻をすするわけです。
そして、ふっと笑います。
あんな奴のこと、忘れてしまえ。さようなら、ありがとう、と自分を肯定できる。
涙のおかげなんですね。

涙がしょっぱいのは人生の味だから。
流した涙を舐めてみてください、海の遺伝子の名残りです。
大人になって、何回泣きましたか? 
号泣したことありますか?
たまには思い切って憚ることなく泣いてくださいよ。
そんなに頑張る必要なんかないんですよ、人間なんですから。
男だから泣かない、とか言わないで。
女は我慢とか、言わないで。
みんな一生に何度か号泣しましょう。
血の通った人間であることを思い出せます。
 

リサイクル日記「涙の理由」

 
ぼくは泣きます。
でも、息子の前では泣きません。
だって、パパが泣いたら、息子がびっくりするから…。
泣きたい時は息子が学校に行っている間にこっそりと泣くんです。
息子が帰ってきたら、笑顔で、おかえり、と言います。
何事もなかったかのような顔で。
それが大人というものです。
 

リサイクル日記「涙の理由」

 
「人間、泣いて生まれて、笑って死ねれば本望です」