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ミレーが愛したバルビゾン村を歩く Posted on 2017/05/27 辻 仁成 作家 パリ

 
パリから車で1時間ほど南下したところにあるバルビゾン。
この村が好きで、人生に行き詰まったり(しょっちゅうある)、親しい友達が日本から来たら(滅多にない)、愛車を飛ばしてよく出かけます。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 
まず画家、ジャン=フランソワ・ミレーのアトリエに立ち寄ります。
ヌード画などを描いて生計を立てていたミレーですが、19世紀の中頃、パリでペストが大流行、家族とバルビゾンに移り住むことになりました。バルビゾンには自然を愛する画家たちが暮らしており、彼らとの交流によって、ミレーは外に出て絵を描くようになります。
「農民画家」と呼ばれたミレーの活躍はバルビゾン村との出会いなくして語れません。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く



ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 
有名な「落穂拾い」「晩鐘」「種をまく人」などがここで生まれています。
もともとノルマンディーの農家に生まれたミレー。パリを経由し、たどり着いたバルビゾン村で、農夫の心に寄り添うようになります。
逞しく生きる農民の姿を通し、そこに崇高な宗教観を込めて描き続けるのです。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 
この村に集まった画家たちはバルビゾン派と呼ばれるようになります。最終的に総勢100名を超える大きなグループに成長しました。
その中でも、コロー、テオドール・ルソー、トロワイヨン、ディアズ、デュプレ、ドービニー、ミレーの7人を指して、「バルビゾン派の七星」といいます。コローやルソーのアトリエもあります。
小さな村全体がギャラリーのようで、わずか200メートルほどの大通りに画家たちの痕跡が集中しています。といっても、本当に小さな詩情溢れる村。澄み渡った空気、鮮やかな緑、可愛らしい家屋、そして純朴な人々…。まさに、絵に描いたような美しい村なのです。
世界各地で起こっている暴力などとは一切無縁な穏やかな世界が広がっています。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 
通っているうちにミレーのアトリエでキュレーターをされているマダム・ファルアと仲良くなりました。ミレーがどういう画家だったかを詳しく教えてくださいます。
「落穂拾い」のモデルさんの写真もありました。農民画家ミレーのその作品の中に込められた深い宗教観について教えてもらえます。そうそう、ぼくが作家だと自己紹介したら、マダムがその場でぼくの小説を検索し、ポチっと購入してくれたのです。「すぐに読むわね、ドキドキする」ですって。フランスの女性たちは好奇心旺盛です。
マダム・ファルアの気さくな人柄と知的な佇まいを通して、バルビゾンの文化的な歴史を垣間見ることができました。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 
確かにミレーの作品はどれも素晴らしいのですが、地味な画風なのに、世界中の人々の心を捉えてきました。とくに日本人は大好き。岩波書店のマークにもなっています。
地道に努力する農夫たちの姿をただ写実しただけではなく、ミレーはそこに深い宗教観、聖書の意味などを隠しました。どの作品にも人心を引き付けて離さない神秘性が備わっています。ただ描写しただけではなく、ミレーは自然や人々の寡黙な姿の中に神の意図を隠したのです。そういう画風はこのバルビゾンの風土と関係しているような気がしてなりません。
広がる大地、そして生い茂る樹木、そこに生きる人々の逞しさ…。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 

ジャン=フランソワ・ミレー
1857年 キャンバスに油彩 83.5 cm × 110 cm
オルセー美術館、パリ 所蔵

 
「落穂拾い」とは、収穫後の田畑に散らばる稲穂や穀物の茎穂を拾うことです。
聖書の中に「すべての実りを刈り入れてはならない、落穂さえ拾ってはならない」と記されています。落穂は、もっと貧しい人々の生きる糧になる、のだからと。
落穂拾いに描かれている3人の人物はどうやらこの畑の農夫ではないようです。彼らは何も農作業の道具を持っておりません。農夫たちの収穫後にやって来て、うつむくように顔を隠して落穂を拾ったのでしょう。
その日の飢えをしのぐ貧しき人々なのです。
 

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く

 
パリの喧騒に疲れたら、ふらっと立ち寄るといい場所です。
小さな村ですが、この場所そのものがまさに一片の詩のようなところ。
美しく、崇高で、清らか。次のパリ旅行の際にはぜひお立ち寄りください。
  

ミレーが愛したバルビゾン村を歩く