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月族 其の三 Posted on 2019/12/15 辻 仁成 作家 パリ

<strong>月族 其の三</strong>

飛鳥の世界
 
1、
君は太陽よりも月ばかり気にして生きてこなかった?
いつも気がつくと、思わず月を探したりしていなかった?
振り仰ぐと、その視線の先に月が待ち受けていたことなかった?
ね、そんなこと、しょっちゅうあったんじゃない?
悲しい時や苦しい時に、なぜか、ふと月にお願いをした経験とかは?
お月さまに、人には言えないこととか、何か大事なことを打ち明けたり、相談したことは?
たとえば、月に帰りたいと思ったことはない?
月を見上げていると、涙が出てきたことあるでしょ?
たくさん泣いたはずだ、月を見上げながら……。
今、ぼくが言ったこと、思い当たるなら、月の民の末裔である可能性が高いんだよ
そう、末裔、子孫だ。
大昔、この地球上に月の民が降りてきた。
詳しくは分からない。
でも、彼らは何らかの事情で月にいられなくなった。
ぼくらが想像もできないほどの大昔、月にも人が住んでいたんだよ。
その頃は住める環境が整っていたんだと思う。
あるいは、今現在の地球よりも高度な文明があった。
そこで何かが起こった。
核戦争みたいなものがあったかもしれないし、彗星の衝突とか何かがあった、想像に過ぎないけど…。



月の民がどのような手段でこの地球にやってきたのかは諸説ある。
現代の宇宙船のようなもので、降りてきたと考えるのが分かりやすいかもね。
それも段階的に移ってきている。
昔、日本人がハワイや南米に移民したように、ばらばらにやって来た。
想像もできないほどの大昔、彼らの一部の人たちがこの地球に命からがら逃げてきた。
この宇宙全体からしたら月と地球の距離なんてお隣さんみたいなものだ。
月の民の姿形はもしかすると人間にそっくりだったのかもしれない。
あるいは高度な医学的技術や遺伝子の操作して人間に似せたのかもしれない。
ともかく、月の人たちは地球にやって来て、人間と交わり、同化していくことになる。
その子孫が、さらに気が遠くなるような歳月を経て、月族と呼ばれるようになった。
だから、ある人々は月を懐かしがり、月を見上げ、月に思いをはせるのだろう。
最初に月の民が地球にやってきて交配を持った時代、まだ人類には高度な文明がなかった。
部族をつくって勢力争いをしていたが、まともな武器さえもなかった。
月の民の子孫が世界中に文明を起こすきっかけを作る。
もっとも地球に到達でき、適応できたのはごくわずかじゃないか、と思う。
宇宙船のようなスマートな方法じゃなく、月面着陸みたいな技術だった。
だから、移住者は本当にごくわずかだったんじゃないかな。
南米に地上絵があるじゃない、あれがまさに月の民の飛来を物語った証拠じゃないか、と思う。
四つから六つの母船が降りたという言い伝えが残っている。
ほら、習わなかった? メソポタミア、インダス、黄河、エジプト、四大文明のこと、とか…。
実際はもう少し多くの地域に到達しているとは思うんだけど、すべてが同化できたわけじゃない。
着陸に失敗したグループがほとんどだったんじゃないか?
大気圏で燃え尽きたり、海や山に激突したり…。
月の民の科学技術はたぶん、現代より少し上のレベルだったにすぎない。
ともかく、このように地球は月とのかかわりを持ったことで、高度な文明が発達するようになる。
彼らはやろうと思えばこの星を支配することができたんじゃないか?
でも、それをしなかったのはなぜだろう。
むしろ、人間に同化していく方法を選んでいる。理由は分からない。
でも、影の世界で彼らは力を持った。



月の民はもともと好戦的な生き物じゃないからかもしれないね。
彼らが人間と交配を重ねていく中で初めて手に入れた能力が暴力だった。
だから、彼らはそれらを隠して、長い年月この星で原始的に生存していたように思う。
そういえば、現在大きな影響力を持っているいくつかの宗教もこの星の形成時間の中で言えば、面白いくらい同時期に出現している。
時間という概念も、貨幣も、法律も、哲学も、何もかも、同じ頃に生まれている。
西暦0年を境に、前後してこの星に宗教や哲学や政治や科学がいっせいに広まった。
裏で月の民の暗躍、もしくは連携があったんじゃないか、とぼくは考えている。
でも、月の民がどうやって、地球規模で連携することができたのかは分からない。
彼らが地球に降りてから、気が遠くなるような歳月が流れているわけだから…。
月の民もすっかり地球人と同化してしまって、区別がつかなくなっていたと思う。
月族であることを知らない者、思い出せない者、分からない者も出ていたはずだ。
そうだ、面白いことを教えよう。
地球上のすべての人間は、人種や民族、あるいは国籍の違いで区別されているでしょ。
白人や黒人、大和民族や漢民族というようにね。
地球人と混ざり合った月の民の末裔たちは、様々な民族の中にも潜り込み混じり合っている。
つまり、中国人やペルー人の月族もいる。
マサイ人やイヌイットの月族だっている。
クリスチャンや仏教徒の月族だって…。
月が気になってしょうがない人は、たいてい月の民の血を引いていると言われている。
君が月の民の末裔であることは最初から分かっていた。
月族同士では、周波数が合うと言われているとおり、お互い同じ波動を感じることができる。
君が銀杏(いちょう)の木に引き寄せられ、それを見上げていたのは、君が無意識にここにぼくがいることを知っていたからなんだよ。
無意識、と言っておく。
もちろん、頭ではなく、テレパシーのような力で、月の末裔同士は繋がっている。
ああ、分かる、その通り…。
君が信じられないというのは、もっともなことだと思う。
いっぺんにすべてを理解しようとする必要はない。でも、そのうちにだんだん分かってくる。
ぼくの話を信じても信じなくても、君が生きていく上で何も問題はない。
でも、これから話す物語を、できるだけ疑いの心を持たずに、耳を傾けて聞いてほしい。
そうすれば、いつか、君は自然と腑に落ちるはずだ。
今まで、何か違うと思い続けてきた自分の中の違和感の答えや出口や存在理由を見つけ出すことができるかもしれない。
自分も月族の一員なのだ、という事実を確信したら、世界との向き合い方が変わる。



月族にも人間でいう遺伝情報のようなものがある。
さっき話したとおり、最初の地球移民たちの血を受け継いでいることは大事だけど、その末裔たちがすべて月族として自覚できているかというと、もちろん、そうではない。
月の民の地球移民は世界中へと散らばった。
隔世遺伝のようなものがあるみたいで、何世代か後になって、千年後とか、数千年後とかに、月の民の性質が現れてくる者も確認されている。
親ももちろん月の民の流れを持っているけど、地球人と同化しているので、自分が月族であることを知らない人、思い出せない人、感じられない人が正直、ほとんどだと言っても過言じゃない。
面白いのは、だいたいの月の民の末裔たちはね、別の月族の人間、つまり先に自分が月族だと自覚した者たちから、これを「覚醒」と呼んでいるんだけど、覚醒者から、これらの話を聞かされ、自覚するようになっていくのが通例なんだ。
かくいうぼくもそうだった。
月族は魂のようなもの、厳密には霊的な波動で、繋がっていると考えてほしい。
それは月の満ち欠けに関係する。
もっと正確に言えば、引力や重力ともかかわりがある。
星の運行、太陽との位置関係がある日、不意に作用して、月族であることに気づく人もいる。
ぼくはもうずっと長いこと、このベッドの上で過ごしている。
病気が地球概念上の一つの現実であることは間違いないが、そこにとらわれてはダメだ。
ぼくはここで月に帰る準備をしているにすぎないのだから、つまり修行中と思ってもらいたい。
月族にとって地上での試練は、いわばいつか月に帰還するための修行にすぎない。
このことはとっても難しい話になるから、また、もう少しあとで詳しく説明させてもらう。
ともかく、いかなる悲劇も、それはぼくたちに与えられた試練だと思ってほしい。
だから、君はぼくのことをかわいそうだと思う必要はない。
ぼくはもうすぐ月に帰ることになるのだから、この程度の試練は当たり前なんだ。
それは、幸せなことでもある。
ただ、地球を去る前に、月族の人間は同属の人に道を譲る、確固たる道をつくっていかなければならないという使命があってね。
月族の者であることをいまだ知らずに生きている人に、その本当の意味というのか、自分が何者であるのか、あるいは与えられている人生の意味なんかをきちんと伝え残していかなければならない、と思っている、いや、信じている。
たとえば、ぼくにとっては、君のような人に…。
ぼくには君を月族の一員として導く最後の仕事、いや重要な使命が残されている。
同じ月族の一員である君が、まだ多くの迷いや苦悩を抱えて生きているのを知ってしまい、なんとか助けられないものか、導けないものか、と思った。
だからぼくは母さんに頼んで、君を探し出してもらった。
さっきも話したけれど、ぼくの母さんも月族の血を受け継いでいる。
でも、そうだね、あまり自覚はない。
ぼくはこういう話を母さんに何度も語って聞かせた。
でも彼女は、「分かるわ」とは言うけれど、どこかで信じていないんだ。
残念だけど、そういう人もいる。
彼女はぼくがこういう話を創ることで病気から逃げている、と思い込んでいる節がある。
最初に断っておくけど、これは逃避じゃない。
本当のことなんだ。
それを信じるかどうかは、最終的には君が決めることだけど…。
それが証拠に、ぼくの母さんはちゃんと君を見つけ出した。
ぼくはただ「時々門のところに立って、ぼくを見上げている女性と話がしたい」と言っただけで、細かく君のことを説明したわけじゃない。
でも、彼女には分かった。
そしてちゃんと君をここに、こうやって連れてきた。
なぜか?
それは、ぼくの母さんの中にも月族としての霊的波動があるから、分かることなんだ。
そうだね、なんでか、と問われても、説明できることじゃない。
虫の知らせという言葉があるけど、もともとは月族が作り出した言葉なんだよ。
ぼくは母さんの心に君の情報を送り込んだ。
彼女は霊的な波動を頼りに、君を探し当てて、ここに連れてきた。
たったこれだけのことだけど、君とぼくが繋がっている、ちゃんとした証拠にもなる。
まあ、いきなりこんなこと聞かされても君は信じないとは思うけど、今はそれでいいよ。
いずれ、分かることだから。
うん、今、全部を信じる必要はない。
ぼくの話をある程度聞けば、きっと頭ではなく、魂のほうが勝手に理解する、いいや思い出すに違いない。
でも、すでに君は分かっているよね? 違う?
ここに今自分がいることが必然であるということを…。 

 
©️Hitonari TSUJI
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