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クリスマス・マルシェで別れた夫と Posted on 2019/12/23 マント フミ子 修復家 パリ

最初の夫と別れて20年が過ぎた。今の夫は自由人で、過去は問わない代わりに、べったり一緒に暮らすこともない。今の夫はパリの中心地が好きで、私は田舎が好き。私は郊外の別宅で一人暮らしをしてきた。悠々自適? さあ、どうかな。でも、干渉されないからこそ、修復士としてなんとかやって来ることが出来た。今の夫に感謝しているのだけど、問題は最初の人である。私はいまだ彼のことを引きずっている。面倒くさいので、周りの友人たちには最初の夫は死んだことにしておいた。でも、実際は、そうじゃない。私の心の中でジャックは死んだだけだった。あれから、20年、心の空白を埋められない日々は続いていた。私は田舎の家でこつこつと壊れた椅と向き合った。ぼろぼろの椅子が元通り、いや、それ以上に立派に蘇るのを自分の生きることの糧として生きてきた。子供を社会に送り出すように、依頼主に戻していく作業。依頼主たちの笑顔が私の心の支えでもあった。ところが、その20年前に別れた最初の夫から不意に連絡があり、マルシェ・ド・ノエルで会おう、と言われた。クリスマスの直前のことである。今の夫のこともあるので、断ろうとは思ったが、気になることがあり、断り切れなかった。

クリスマス・マルシェで別れた夫と

交通ストが始まってもうすぐ3週間。混乱する12月のパリだが、街はクリスマス準備をする買い物客と観光客で賑わっている。いま、パリのメトロで確実に動いているのは自動運転が導入されている1番線と14番線のみだ。そんなこともあってか、右岸を横断する1番線が走る場所周辺に人が集中している。私はイタリア製のベスパに乗って、45分もかけてパリ市内に入った。チュイルリー公園はマルシェ・ド・ノエル(クリスマス市場)が開かれ、子連れの人たちで賑わっていた。



クリスマス・マルシェで別れた夫と

クリスマス・マルシェで別れた夫と

マルシェ・ド・ノエルとは、クリスマス(ノエル)をお祝いする青空マルシェのことで、クリスマスを待つ時期を盛り上げる風物詩だ。マルシェ・ド・ノエルの起源はオーストリアやスイス、ドイツの中央、東ヨーロッパで、フランスはアルザス地方から広がった。生鮮食品などは売ってないが、クリスマスにちなんだプレゼント用の小物、服やアクセサリー、デコレーション、お土産品を売るスタンド、ヌガーやチョコレートなどお菓子を売るスタンドなどがずらっと並んでいる。

私と同じくらいジャックもアンティークの小物が好きだった。彼は当時小さな画廊を経営していたのだ。今は知らない、何をしているのか…。でも、彼は20年前、不意に過去を捨てて、未来を選んでしまった、別の女性と。つまり、その時から私は、アンティークになる道を歩き始めることになったのだ。少なくとも今の夫、フランソワが現れるまで…。



ジャックとはチュイルリー公園の大観覧車の下で待ち合わせた。私たちの最初のデートはストラスブールのマルシェ・ド・ノエルだった。当時、まだパリではマルシェ・ド・ノエルは珍しかったのだ。その後、二人は欧州、とくに東欧のマルシェ・ド・ノエルをクリスマス時期に巡るのが楽しみの一つでもあった。20年ぶりのアンティーク元夫は私を見つけるなり微笑んでみせた。白髪頭になっていたけれど、印象はあんまり変わらない。私は笑わなかった。
「Ça va?(元気?)」と言われたので、「Ça va.」と答えた。このやり取りはまるで20年前そのものだ。会話の少ない夫婦だった。まさか、他に好きな人がいるとは思ってもいなかった。
「なんのようなの?」
「いや、たまには会いたいな、と思っただけだよ」
「20年も経って?」
「そんなに経つかね」
「ええ、経ちますよ。私は65歳になりました」
ジャックはクスッと微笑んでから、何か食べよう、と昔のように言い出した。

クリスマス・マルシェで別れた夫と

クリスマス・マルシェで別れた夫と

私たちの目の前を子供たちが駆け抜けていく。彼らは一直線に食べ物やが並ぶスタンドコーナーへと飛び込んだ。子供たちのお目当てはチュロスにワッフル、バーバパパ…。バーバパパの巨大な綿菓子がここのマルシェの名物なのである。大人の楽しみは、ラクレットやタルティフレット、ドイツ風の肉々しいホットドックと冷たい生ビールと言ったところか。ソーセージとチーズが焼ける香ばしい匂いが食欲を刺激する。みんな、いたるところでジャガイモとチーズ、ソーセージを嬉しそうに頬張っている。私たちはホットワインを買って、幸福そうな人々を眺めながら飲んだ。思い出したくないけど、幸せだった頃の私とジャックのことを思い出した。

クリスマス・マルシェで別れた夫と

クリスマス・マルシェで別れた夫と

チュイルリー公園の移動遊園地の中では、パリを一望できる観覧車が有名だが、他にも小さい子供向けの遊具施設から、お化け屋敷、ゴーカート、絶叫系の乗り物まで、幅広い年代が楽しめるようなものが揃っている。パリの中心にいながら、少し旅行気分を味わえるマルシェ・ド・ノエル。私たちは思い出に引きずられながら歩いた。ジャックが不意に私のところを訪ねた理由がわからない。私はもちろん警戒していた。期待もしていたけれど、警戒感の方が強かった。だって、音沙汰もなかった元亭主がいきなり会おうと連絡をよこしたのだから、絶対何かある…。
「ところで今日の目的は何?」
「目的?」
「20年ぶりに連絡をしてきたのだからなんか用事があったのでしょ? 私は再婚をして、とっても幸せに暮らしているのよ、そのことを一言あなたに言っておきたい。夫は私を大事にしてくれます」
「それはよかった。君の幸せを祝福する。ぼくが偉そうに言うことじゃないけど。ただ」
するとジャックは笑い出してしまった。そして小さな古い手帳を取り出して、ページを捲ったのだ。そこにはこのような仏文が書かれてあった。
《二人が別れても、もし叶うことならば、たとえば20年後とかに、私はあなたともう一度、どこかのマルシェ・ド・ノエルか移動遊園地を歩いてみたい。あなたがもしも、FUMIちゃんのこと、思い出してくれるなら…》
「ただ、ぼくはこの時の約束を守りたかった。ちょうど、今日で20年になる」
私は思わず、目頭を押さえてしまった。

クリスマス・マルシェで別れた夫と



Posted by マント フミ子

マント フミ子

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Mante Fumiko
修復家。岡山県出身。在仏30年。フランスに暮らしはじめ、アンティークの素晴らしさに気づく。元オークション会社勤務。現在はパリとパリ郊外の自宅にて家具やアンティーク品の修復をしている。