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月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅 Posted on 2019/12/01 辻 仁成 作家 パリ

 
モロッコのカサブランカといえば、ハンフリー・ボガード、イングリッド・バーグマン主演の映画「カサブランカ」を思い出す。そのカサブランカについて書きたい。
ここにある巨大な「ハッサン2世」モスクは、旅行者も中に入れるので、おススメである。モロッコの先代国王ハッサン2世が、世界に誇るモスクをカサブランカに、という願いを込めて建設した。8年もの歳月をかけて、モロッコ最大級のモスクを作り上げた。高さ200メートルの世界最大のミナレット(尖塔)が有名だ。モスクの礼拝堂には約2万5000人、敷地には約8万人を一度に収容することができ、足を踏み入れればその巨大さ、広大さに圧倒される。モロッコ中の技術者が集まって腕を競いあったそのイスラムアートは必見である。

息子と二人でふらりと訪れたカサブランカ、そのイスラム的アートのイメージは作家に刺激を与えた。まさに隅々まで月族的空域が広がっている。思えば20年前、はじめてモロッコの観光地マラケシュの旧市街を歩いた時に、その異世界の美しさに感動をし、小説「月族」の構想を思いついたのだ。

月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅

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月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅



 
ぼくらはハッサン2世モスクのすぐ近くにあるホテルに宿泊した。イスラム教国だから、この国のホテルには基本アルコールがおかれてない。実際は、飲んでいる人も多いらしいが、あからさまに販売が出来ない。だから、ぼくはアルコールの飲めるホテルやレストランを探すことになった。なにせ、部屋のミニバーにさえ、一切アルコールが置かれていないのだから。

そのことをフロントで告げると、ごめんなさい、ここから2キロほど先のスーパーで買えます、という返答。やれやれ。
 

カサブランカでモスクの次に行くべきところはスーク、市場だ。市場といってもパリのような洗練された市場を想像してはいけない。売れるものは何でも売る、どこか闇市のような、しかも延々と続く広大なマーケットで、交渉次第ではタダ同然で買うこともできるし、しかも、掘り出し物にも出会える。ぼくは古いカーペットを買った。パリで買えば数万円はするようなものを数千円程度で。きちんと交渉をすればとってもお得だけど、逆にぼったくられることもあるので注意が必要だ。買う気がない、という顔をしながら、上手に騙されつつ、相手の懐に飛び込み、最大限有利な条件を導き出す。これが市場での交渉術なのである。

月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅

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ハワイやグアムになれている日本人にはモロッコはちょっと洗練されていない世界に映るかもしれない。でも、欧米人はそういうものを求めたり、好むのでドイツ人やフランス人の観光客が多い。日本人もいるけど、最近は韓国人や中国人の方が多い。たしかに洗練されたものはここには少ないけれど、逆に、スリリングな北アフリカの伝統と文化と友愛がそこかしこに溢れている。モロッコ人は本当に優しい人が多いので、怖がることはない。ひとたび仲良くなると生涯の友人になれる。心優しいモロッコ人に囲まれていると心が穏やかになる。

観光にも飽きたら、海を見に行くのがいい。大西洋に沈む夕陽を見ることが出来る。スペインやポルトガルよりも太陽が近い気がする。そして、赤い気がする。

月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅

 

 
夜、お腹がすいたので、ぼくたちはタクシーを呼んでコルニッシュ通りにあるレストラン BASMANE へと向かった。

「まず、カサブランカ・ビール!」

息子が、やれやれ、と苦笑する。ほとんどの客が外国人旅行者。もちろん、そこで出される伝統的なモロッコ料理も美味しかった。
そして、ふいに明かりが消えると、ダンサーたちが登場し、ベリーダンスを踊り始めたのである。踊り子たちのダイナミックな踊りを眺めながら、モロッコワインに舌鼓を打った。イスラム教国なのに、実はビールも生産しているし、モロッコワインは濃厚でフランスでも大人気。3~4割くらいの男性はお酒を嗜むのだそうだ。飲む人と飲まない人の差が気になったが、それ以上は詮索しないことにした。
 

月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅

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月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅

 
ホテルに戻ると、テラスの一角にある暖炉で人々が寛いでいた。たき火を楽しむような感じで。
みんな何か美味しそうなものを飲んでいたが、もちろん、それはカクテルではない。カクテルのようなジュース…。人々のひそひそ話が夜の風に馴染んで心地よかった。ぼくは酔っていたのでホテル自慢のパフェを注文した。息子と仲良く半分ずつ食べることにした。
暖炉の炎に縁どられたパフェの器がアート作品のように輝いて見えた。
 

月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅

 
心地よいベッドで眠り、翌朝、鳥のさえずりに起こされた。窓を開けると、遠くに大西洋の金波銀波。
ああ、これはすごい、と思わず唸ってしまった。

今日は一日アルコールを抜いてみよう、と心に誓いながら……。やれやれ。創作のためという名目の取材旅行は続く。再び書き始めた「月族」にいい影響が出ますことを。
 

月族的世界、モロッコのカサブランカへ父子旅



Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。