PANORAMA STORIES

「毎日言葉」 Posted on 2020/01/05 辻 仁成 作家 パリ

朝、起きて、寝るまでの間にぼくらはたくさんの言葉を使いますが、そのどれもが長い年月をかけて人の「生き死に」の中で磨かれはぐくまれてきたものばかりです。何でもない言葉だけど、その言葉の中には無限の優しさが含まれているので、使うことがその人の心を整える一番大事な行為かな、と息子を育ててきた中で強く実感してきました。
「おはよう」と言って、「おはよう」が戻ってくる。ただこれだけのことだけど、それはこの大宇宙の中にいて、自分の存在に跳ね返るものがそこにあるということでもあります。「ありがとう」というと「ありがとう」がかえってくるだけで、気分というのはよくなります。孤独は癒されます。ただ、それだけのことで人間はやっていける。子供を育てる中で、ぼくが一番注意してきたのはこの毎日言葉のつかいかたです。挨拶の重要さ、友人や知り合いへの優しい対応が出来てはじめて自分も幸せになるのですから。



「今日はどうだった?」とぼくはシングルファザーになってからずっと子供に声をかけ続けました。余計なことは何も言わないけど、「どうだった?」と言葉をかけることで十分に繋がりができるんです。その小さな言葉が積み重なってその子は生きていけるんです。だから、ぼくは余計なことは言わないけれど、毎日言葉を必ず発するようにしました、たとえ、自分が辛い時でも。いいえ、辛い時こそ、実はこの言葉が役立つのです。毎日言葉を使うとそれは同時に自分の心の浄化にもなります。寝る時は「おやすみ」をいいます。昨日はちょっと変えて、「今日もありがとう、おやすみ」と言ったら、息子が「それ、いいね」と言ってくれました。ほら、通じてるんですよ。言葉は人を殺す道具にもなります。汚い言葉をつかえばそれはつかった人間に必ず戻ってきます。できるだけ優しい毎日言葉をつかって、この殺伐とした世界を豊かにしたいものです。
おやすみなさい、おはようございます。
ありがとう、どういたしまして。

「毎日言葉」

自分流×帝京大学

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。