PANORAMA STORIES

「パリジェンヌの愛の戦い、アンヌの場合」 Posted on 2019/12/11 辻 仁成 作家 パリ

その人には旦那さんと子供が三人いた。ご主人はそれはそれは背が高くなかなかハンサムな男で、ぼくもよく知っているのだけど、モデルから俳優になり、30歳になってからはじめたファッション事業が好調で、現在は40代半ばの経営者だ。その人は夫にぞっこんで、でもそのことを顔には出さない。顔には出さないけど、とにかくいい男でしょ、と自慢をする。「辻さん、私が彼を発見したのよ」というのが口癖だった。二人は結婚二十年のベテラン夫婦。倦怠期は幾度かあった、と彼女は言った。でも、幸せなのよ、とのろけた。秘訣はなに、とぼくはある日、質問をした。すると彼女は微笑み、
 「うまくやることよ」
と言った。うまくやる、という一言に、ぼくは心臓をわしづかみされたような気分になった。この二十年、愛するだんなに浮気をされないよう、うまくやってきた、彼女のひそかな努力が見えた気がした。



彼女は彼に対して、姉のように振舞うときがある。彼のブランドのマネージメントを担当する彼女。仕事の上でもたくみに彼を操っているのが分かる。そして彼はそういう彼女を信頼している。一見すると、彼が彼女を慕っているように周囲には見える。じっさい、その通りなのだが、しかしここにはトリックが隠れている。よく見ると、何かが違う。
彼女にとって彼は、人生最大の自慢。「この人は私が見つけたんだから」これは彼女の口癖だった。可愛くて可愛くてしかたがないのである。

愛を失いたくないせいで、彼女は仕事でも家庭でもプライベートでもつねに彼の手綱を引き続けた。知性があり、頭の回転の速い彼女だからこそ出来たこと。自慢の夫が愛のわき道へ脱線したり、愚かな誘惑にくっついていかぬように。けれども、友人のぼくからすると大事なことを見失っていた。それは、相手に自分の存在の意味を届けること。もっとわかりやすく言うと、彼に愛されること。彼が彼女を心から愛しているのであれば、このような自慢は必要ないのにな、とぼくはずっと思っていた。二十年という年月、監視を、束縛を続けることは不可能だし、ずっと自慢し続けるだけの関係はよくない。彼女は頭がいいしリーダーシップがあるので、彼を牛耳った。もちろん、彼女がいなければ今の彼の成功はない。でも、手綱を握っているのは常に彼女で、その手綱を緩めたことがない。

歳月は流れ、子供たちも大きくなった。彼女は、うまくやれる、と信じ続けていた。手綱はしっかりと握りしめていた。ところがある日、彼に若い恋人が出来た。彼女の衝撃は想像に余りある。けれども、まるで視界の先から現実を葬り去るように、彼女は事実を周囲に内緒にした。ところでぼくはこのことを彼の方から聞いたのである。
「辻さん、なんだかね、支配されるのが苦しかった。僕が彼女を裏切ったのは事実だけど、愛が重かった。これからどうやって新しい関係を作っていくのか、悩んでいるけど、でも、ぼくはもう自分の意思で動いていきたいんだ。新しい人はただそのことをぼくに気づかせたに過ぎない」
彼は家を出て、恋人と暮らし始めた。彼女は苦しみを乗り越えるために、心を隠し続けた。苦しそうだな、と思った。見ていられなかった。でも、さすがにこの問題だけは、ぼくは作家だけれど、簡単に慰める言葉が見つからない。他人に慰められるだなんて、そもそも、彼女のプライドが許さない。パリジェンヌというのはそういうところがある。なにより、ぼくは彼女に事情を打ち明けられてはいない。慰めるわけにはいかない。
彼女はいつか彼は戻ってくる、とどこかで信じているようなところがある。でも、ぼくの勘だが、二人は離婚をすることになるだろう。なぜなら、彼は気が付いてしまった。自分が支配を望んでいないということを。そして自力で夢を実現できるという自信を持ってしまった、ということだ。でも、二人は今日も一緒に仕事をしている。離婚はせずに、外見上は普通に、今までどおりにやっている。違うのは彼がべつのところにアパートを借りて、若い恋人と暮らしている、ということだけだ。彼女も今はそれを認めている。こういう話しを日本でしたら、彼が非難の的になるだろう。でも、ここパリだとそうはならない。周囲の者たちは口を挟まない。ぼくも同じで、彼らが離婚をしてもぼくはどちらとも今まで通りに付き合う。



ここで、彼女はもう一度、うまくやろう、としている。それが痛々しいほどに見える。
 「うまくやるのよ」
彼女の声が耳奥によみがえる。この試練を二人はどうやってクールに乗り越えるつもりだろう。もちろん、時間だけが知っていることだ。
最近、彼女は自分のこれまでのやり方を改め、彼への接し方を修復をはじめた。裏切り者の彼のことを簡単には許さない、という態度を表向き貫きながらも、彼女はひそかに作業を開始した。まず、彼の浮気を認める。別居を認める。でも離婚はしない。彼としてはちょっと気まずい感じがする。泣かれたり、怒鳴られる方がまだましなのだ。感情をあらわにしたら負けることを彼女は知っている。彼女はここで、修復の基本姿勢を決めた。夫は、若いだけの女を相手にしてくたくたになり、いつかは自分のもとに戻ってくる、と踏んだ。それまで動じず、わめき散らさず、自分がその辺の女とは違うことを示すのだ、と。一方で、子供たちの親としての責任は今までどおり、彼に続けさせる。仕事も今までどおり。プライベートと仕事を分離する作戦に出た。
確かに賢い。あるとき、彼は私にこう呟いた。
 「辻さん、僕があいつに何か一つでも勝てるとでも思いますか?」
スーパーウーマンという言葉どおり、彼女はまさに時代の先端を歩く強い女だ。でも、私には彼女のほんとうの弱さも見える。私が彼女の兄弟なら、ぎゅっと抱きしめてやりたい、ところである。弱さを決してみせようとしない、彼女の強さにもあるいは原因があるのかもしれない。

彼女の修復計画はうまくいくだろうか。修正がすでに利かない場所に彼らはいる。壊すか、あるいは修復して前進するしかないのだ。絵や彫刻の修復と同じように、傷んだり壊れている場所をその上から、あるいは一度絵の具を削って、新しい絵の具で同じように上塗りしていくしかない。根気のいる作業である。彼女はこつこつと修復をはじめた。それはなぜか?彼のことを愛しているからだろうか?それとも意地で? 子供のために? 
そしてこの修復作業は、まもなく一定の成果を出しはじめる。あるとき、彼はぼくにこう言った。
 「でも、分からない。今はまだ戻るつもりはないんだ」
 最後に彼はそう付け足した。仮に、彼が戻らなかった場合、その原因はなんだろう。考えられる最もはっきりした理由は、彼女が手綱を引きすぎたからではないか。無数の亀裂を修復ではなしに、彼女が強引にふさいでしまったとしたら。うまくやろうとすると、そこには必ず窮屈な感じがつきまとう。とはいえ、うまくやろうとしなければ、あるいはもっと早く別れが起きた可能性もある。その辺の綱引きは確かに難しい。
 
 



彼らは二十年という歳月が愛を妨げたと思い込んでいるが、逆に、彼らが簡単に別れることができずにいるのも、この歳月の力。そこには、うまくやらずとも、自然にお互いを必要とした瞬間がたくさんあったはずだ。そのことを彼らが修復の過程で気がつけば、壊れかけた愛は快復するかもしれない。ただ外見を整えるだけで終われば、愛は内側からもろくも崩壊するであろう。ぼくは彼らの子供たちのことを考える。でも、こっちの子はこの辺の問題には強い。クラス中の子たちが同じような問題を抱えていて、親がそのことを隠さずに説明するからだ。先生もはっきりと言う。そして、ここの子供たちもよく我が家に遊びに来る。ぼくは美味しいものを作って、彼らの話しを聞いてあげる。そのくらいしかできないけれど、出来ることはなんでもするだろう。彼と彼女はそのことでぼくに感謝をしてくれる。申し訳ないが、ぼくは彼らのためじゃなく、子供たちの話し相手にはなることがぼくの大事な役目だと思っているに過ぎない。そして、パリジェンヌたちは今日も愛と戦っているのだ。

つづく。

「パリジェンヌの愛の戦い、アンヌの場合」

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

▷記事一覧

Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。