PANORAMA STORIES

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方 Posted on 2019/09/06 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方

日本から南仏に移って10年の間、この国でいろんな人に出会ったが、とび抜けて浮世離れした友人が一人いる。現在72歳のその人の名は、ブルーノ。南フランスの海辺の町バンドールに住んでいる。一見すると、気のいい普通のおじさんである。口が悪くて、よく喋り、よく笑う。

彼がただの普通のおじさんでないのは、見た目ではない。人や国家に依存せず、今まで生きてきたという点だ。
先日会ったときは、健康診断を受けた話を聞いた。「なにひとつ悪いところはなく、完璧な数値だと言われたよ」というのもすごいが、驚くべきは、健康診断を受けたのがじつに30年ぶりだったという事実である。
6年前まで、ブルーノは国の健康保険にも加入していなかった。年金にしても我々友人にしつこく言われて2年前にやっと重い腰をあげて申請し、最近受け取り始めたところだ。頑として、「そういうのは俺の趣味じゃない」の一点張りだった。

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方

住処は、20m2あるかどうかの簡素な賃貸のストゥディオ。ドアをあけると冷蔵庫があり、その中にはレンズ豆の缶詰とビールが几帳面に並んでいる。その隣に置かれた年代物のラジオからはニュースが蓄音機のような曇った音で流れてくる。小さなベッド、奥にシャワールームがあるだけ。断捨離をする必要はまったくなさそう。20代前半で家族と決別し、ここに一人で住んでいる。生涯独身。ブルーの目をした美しい黒猫がいたが、18歳で死んでしまった。
携帯も持たず、彼と連絡を取りたければ、彼の家に出向くか、夜7時に家に電話するしかない。この時間は必ず家にいて電話をとるのが彼の日課だから。

健康診断をしてくれたドクターには「いったい、何をどうしたらこんな健康体でいられるのですか?」と真顔で聞かれたというが、わたしも不思議だ。ビールで栄養補給しているような人なのに、肝臓も腎臓もどこも正常値だなんて。
私が知る限り、10年来、見た目も変わらず、とても細い。前回1966年に測定したとき以来、身長は変わらず177cm、体重は4kg増えて61kgだったそう。

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方

生まれはノルマンディ。15歳から19歳まで技術高校で内装職人になるべく塗装を学び、卒業後は旅がしたくて海軍に入隊。ペルー、ブラジル、セネガル、タスマニア、南アフリカなど数々の国を訪れた。この間に両親と兄弟はアメリカへ移住。25歳で海軍を除隊。ホンダのスクーター「アミーゴ」を買って、ルーマニア、イタリア、ユーゴスラビアなどを旅した。その後、海軍の拠点だった町トゥーロンに戻り、ホテル・レストランに住み込んで皿洗いを23年間続けた。ホテルが閉まる秋から冬の6ヶ月間は、庭や修繕、ペンキ塗りなどをしながら、一人で宿の管理をしていたという。
40代半ばでその仕事にも飽き、それまでの経験を生かして、レストランで知り合いになった顧客の家の修繕、庭の手入れやペンキ塗り、子守などをし、現在にいたる。今も25軒ほどの顧客から時間制で仕事を請け負って生活している。彼は仕事の報酬(時給)を相場より安くしている。ただし、時間の指図は受けないのと、昼食(ビール付き)をふるまってもらうという二つの条件付きだ。

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方

ブルーノの健康の秘訣は明快だ。自転車である。顧客の家を移動する足は基本、自転車。どこへ行くにも徒歩か、自転車、まれに電車。70代になった今は1日25キロ程度の移動距離だが、つい数年前までは日に50キロは走っていた。しかも南仏は丘が多い。

彼の日課は朝5時半の起床から始まる。テレビとラジオでニュースを聞いて、そのあと朝食。何十年も変わらず、缶詰のレンズ豆、チョコレート、それとビールである。
お昼は顧客の家で出てくるものを食べる。好き嫌いはない。食べたいものはと聞かれれば、牛肉のバベットのステーキと答える。
16時には帰宅(ただし暑い夏は、午後は仕事をしないのが原則)。帰宅後は、テレビとラジオで再びニュースを確認し、19時の電話タイムが終わったら、ビールを4、5缶、バゲット1本、カマンベールチーズを丸ごと1個ほど。料理はしない。ただし、お腹が空いていれば食べ、空いていなければ食べない。22時ごろに就寝。
バランスのとれた理想的な食事のイメージとはギャップがあるが、病気らしい病気は過去に一度もしたことがない。

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方

いつ会っても快活に笑っているブルーノだが、孤独で寂しくないのだろうか。家族とは音信不通だし、誰かと一緒に暮らすことも考えたこともなかったらしい。彼は冗談めかしていつも言う。
「リベルテ(自由)と結婚したんだ」と。
幸いなことに、その人柄から顧客から愛され、クリスマスなども毎年誰かの家に招待され、私が誘ってもたいてい先約があるくらい人気者なので、心配はしていないのだが。

家族にも仕事にも社会にも縛られず、常識にもとらわれない、ブルーノという生き方。社会の枠組みの中に入らず、自分のことは自分で責任をもち、本気で自由を求めて生きてきた人。後にも先にもこんな人には会ったことがない。国家からしてみれば、野良猫のような存在かもしれないが、その野良猫はなにものにも煩わされず、自分のリズムで人生という広い野を駆け、鳥のように気持ちよさそうに大空を飛んでいる。

別れ際、「72歳にはとても見えないけど、それでもやっぱり体には気をつけてね」というと、
「ヨウコ、いちばんの健康の秘訣を特別に教えてあげよう。それはね、心配ごとがないことだよ」
そういって、来た時と同じように愛車に乗って颯爽と海辺の町に消えていった。

リベルテ(自由)と結婚した ブルーノという生き方

Posted by 町田 陽子

町田 陽子

▷記事一覧

Yoko MACHIDA
シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら、執筆・コーディネイト・講演を行う。毎年3月開催の阪急百貨店うめだ本店「フランス フェア」と10月開催の神戸阪急の「フランス フェア」のコーディネイトもパートナーのダヴィッドと担当している。