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ザ・インタビュー「星を超えるシェフ、レストランES 本城昂結稀」 Posted on 2021/04/21 辻 仁成 作家 パリ

パリで活躍する日本人シェフは本当に多い。日本人料理人がいないとパリのガストロノミー界はやっていけないくらいだと僕の友人のフランス人シェフが言っていた。どこの一流レストランにも一人や二人、日本人キュイジニエが働いている。しかも、中核で。その並み居る日本人料理人の中にあって、ぼくが個人的に尊敬しているのが、パリ左岸で人気の「ES」のオーナーシェフ、本城氏である。コロナ禍の今、レストランは閉まっているが、その時間を利用して、インタビューを試みた。

ザ・インタビュー「星を超えるシェフ、レストランES 本城昂結稀」

地球カレッジ

 日本の人はみんな、パリの今を知りたいってけっこう思っています。みんな来られないから。4月にやっとパリのレストランがお昼だけ営業するという噂がありましたが、パリは3回目のロックダウンに入った。今度は5月半ばという噂です。はっきり言って、今はこの世界がいつ落ち着くのか検討もつかないですね・・・。

本城 ちょっと、まだ全然わからないですね。

 いや、僕ね、食道楽だからパリでもいろんなところに食べに行くんですけど、本城さんの料理が大好きです。本当に。今日は、僕が本城さんの料理のファンだということも含めて、ちょっとこの時期のお話を聞かせていただけたらと思います。まず、率直に、コロナ禍でレストランの営業ができず、国からのサポート、援助はあると聞いていますが、大変ですよね。その辺の感想をまず最初にお聞きしたい。去年の3月から断続的にお店を閉めなきゃいけない状態で、補償金はきちんと出ているのですか?

本城 一応、国から補償金が出ています。

 それは、月単位で?

本城 月単位で出る予定なんですけども、結構遅れていますね。

 噂聞きますよね。この間、友人のレストランオーナーがまだ1、2回しかもらっていない、と。


本城 そんな感じです。


 あっ、そんな感じなんですか! あの因みに、オーナーには何もでないのですか?


本城 オーナーに対しては、出てないですね。前回の春のロックダウンの時は、社会保障が免除になって、従業員の部分的失業手当が出て、オーナーに対してもちょっとだけ出てたんですけど、今回はオーナー分は出てないですね。失業手当も今回は、まだ僕も一回しか出てないですね。

 あっそうですか。それぐらいの補償の中で、やっていくの大変ですよね。家賃もありますし。

本城 フランスには日本人のフランス料理人が結構いますけど、100%自分がオーナーシェフという人は少ないんですよ。フランス人のパトロンがいてレストランをやってるケースも多くて。その点、僕は全くひとりなので、まあまあ大変ですけれども。ただ、2013年にオープンして、5年間かけて店の借金も、個人で銀行から借りている借金も終わらせて、一応、今無借金なので・・・だからまあ、なんとかなっています。会計士からは去年の時点でコロナ融資枠っていうのを借りろと言われたんですけれども、僕は無借金でいたいので・・・。僕はいいよって言ったら、「なんでなんだ?」って、すごく言われましたけど。やっぱりその、銀行は借りて欲しいんでしょうね。一年後に年間の売上、3か月分だったか、4か月分の売上を会計事務所に出してもらって銀行から借りて、それを90%は国が担保してくれるのかな。それで、一年後にそのままそっくり返せば良い。もし、返せない場合は、5年単位、6年単位で返していきましょうって仕組みなんですけど、それって、そもそも1年後に返せる人って借金しないよなって思いますし。5年分割、6年分割って言っても絶対金利を取るはずですから、それって結局、銀行を救済するための策なんじゃないの、って僕は思うんですけれども。

 でもまあ、本城さんの場合は、お金を借りなくてもやっていけるという。それまでの蓄えというか、力があるということですよね。

本城 その、最初オープンしてから5年間、徐々に徐々に返していったので、もう借金はいいかなーと思って(笑)。



 レストランを覗くといつも人が入ってるし、僕も、予約が2回ぐらい取れなかった。

本城 本当ですか、すいません。

 人気なんだなぁと思って。ここを目指して来る人たちのレストランですね、ESは。

本城 ほぼ、もうそうですね。フランス人のお客様が多く、ご近所の人だけで無く、パリ中から来ていただいています。

 僕が前回来た時は、こちらにフランス人の家族が二組いらして、やっぱり家族で来るお店なんだな、と思いました。

本城 そうですね。家族のそれぞれの誕生日の時に来られたりする常連さんがいらっしゃいます。

 やっぱり特別な料理だからね。落ち着いた雰囲気でゆっくりと食事できるのがいい。4席、5席ぐらいですかね。

本城 コロナ禍で6月からオープンした時は、4席だけにしました。間隔をあけて、完璧にソーシャルディスタンスでやりましたね。

 まあ、ずーっとレストランを閉め続けるわけには、世の中的にいかないと思うんですけど、このコロナでこういうことが起こるとは思いもしなかったわけじゃないですか。

本城 それは、皆さんそうだと思います。でも、従業員をたくさん抱えてらっしゃるところとか、例えばホテルとかはもっと大変だと思います。固定費が凄いので、ホテルとかって航空会社と同じですよね。それに比べたら、うちなんて本当にもう、人数が少ないですし、僕の目の届く範囲で、マルシェで食材探しながら、納得できる範囲でしかやっていないので。その代わり、お迎えできるお客さんは限られてしまいますが。

 今、パティシエのMARIKOさんがケーキ販売をされていていますが、聞くところによるとモンブランは、シェフが自ら市場に足を運んで栗を買っているとか。

本城 はい、そうです。もともと、うちは小さなお店なんで、僕がルーティーンワークとして毎週市場に行って、食材を選んで自分が最初の下ごしらえからやっていいく。それは以前から変わらないスタイルなんです。

 手の届く範囲のお客さんに、最大限のサービスをする。そういう、すごい大事にされているポリシーがあるんですね。

本城 そうですね。僕は、アラン・デュカスとかになるつもりは全くないですね、はい(笑)。

ザ・インタビュー「星を超えるシェフ、レストランES 本城昂結稀」

〈ESのデセール担当Marikoさんが販売する大人気パティスリー〉



 本城さんの料理に対するこだわり、もっとお聞きしたいなあ! 本城さんの歴史を辿ると、三つ星レストラン、アストランスで働いていらしたのですよね?

本城 そうです。アストランスのシェフのパスカル・バルボさんの元で働いてしました。あの当時は30席あったのかな、今は移転するので閉店するのですが。僕がいた頃は、バルボさんも、毎週火曜日は必ず朝の5時ぐらいにランジス(市場)まで行って自分で野菜選ぶ、というスタイル。彼も自分の目の届く範囲でやっていました。凄く忙しい方なので、スペインの学会とかに呼ばれた時とか、自分が店にいない時はもちろん、お店は閉めてしまいますし。

 そういう徹底されてる人なんだ。

本城 そうですね。アストランスで働いた料理人って凄く多いと思いますけども、彼の”全て目の届く範囲で”というスタイルに影響を受けた人は凄く多いと思います。

 本城さんの師匠にあたると言ってもいいですか?

本城 そうですね。一番影響を受けた料理人を聞かれたら、間違いなくパスカル・バルボさんと答えます。何が凄いって、僕もいろんな店で働きましたけど、やめた後、常に自分のところで働いた料理人ことをケアするというか、気にかけるシェフって、そんないないんですよね。

 なるほど。

本城 いろんな三ツ星レストランで働きましたけど、パスカル・バルボさんだけは、店を出て行った後も、「あいつ元気か?どこで働いてるんだ、あいつは?」と、気にかけてくれるんです。

 人間味があるんだ。いい話だなー。

本城 何年後かに会っても、「わー、元気か、おまえ」って。今、どこで働いているんだ、とか言って、例えば、スペインのMugaritz (ムガリツ)っていう所で働いているんですって、話をしたら、あっ、おれ、シェフのあいつは友達だから、よろしくって言っとくわ、とか。お店をオープンする時も、業者とか知りたかったら、何でも教えてやるぞ、って言って、本当に教えてくれる。そういうのってあんまり教えたがらない人が多いのですけど。実際、その業者さんに電話した時に、どこの馬の骨かわからない日本人が、電話するんですけれども、ああ、おまえ、パスカルから聞いてるって。わざわざ、そこまで言ってくれる人っていないじゃないですか。こいつが電話してくるから、よろしくな。みたいなのを、本当に伝えてくれてる。

 それは、涙でるね。そのお店に、どうして勤めようと思ってのですか?

本城 アストランスは、えっと、僕がまだこっちフランスに来る前から、いろんな雑誌で見てましたし、その当時としては、凄く革新的な料理を作ってたので、この人ホントに凄いなと感じていて。

 フランスに渡ろうと思ったのは、どうしてなんですか?

本城 あの、普通、家族の集まり、正月の集まりとかだと、みなさん和食を食べられる家庭が多いと思うんですけど、うちのお爺ちゃんは家族や親戚が集まる時に、必ず、フランス料理店に連れていってくれたんですよ。で、家族でフランス料理を食べてて、なんとなく、厨房からいい匂いしてくるなーと思ったり。デザートがこう、5種類、6種類ぐらいある中から選べるんですけど、子供なんで全部食べたいとか言う訳じゃないですか。で、薄く全部切ってもらって、それを食べて喜んでたっていう。当時としてはすごく嬉しいひと時だったんです。それで、子供ながらにフランス料理って、家族とかと幸せな時間を共有できる場所なんだなっていうことを考えていて。

 なるほど、ちっちゃい頃の刷り込みっていうか。本格的に料理を目指すっていうのは、何歳のぐらいなんですか?

本城 僕は、22歳からですね。大学を出て、2003年からこっちに来
て、半年間料理の学校に行って、その後アストランスで働きました。

 じゃ、イチからこっちに勉強したんですね。

本城 そうです。

 僕が本城さんの料理を初めて食べて感動したのは、小さなポーション一つ一つの中に味がきちんとあって、もう最初のアミューズからずーっと、余すことなく食べたいって思わせて、さあー次、さあー次、って気持ちにさせてくれることでした。僕らに丁寧に、一つ一つ、小さな物語を届けてくれるところがすごく素敵で。特に僕は牡蠣に感動したんですけど、牡蠣だけじゃなく毎回、まあまだ2回しか来てないですけど(笑)。料理の流れを作るところで、心がけているような、なにか物語性っていうのはあるんでしょうか。

本城 食材が凄く大事なので、とにかく季節の食材を大切にしていますね。 だから、端境期って言うんですけど、季節の移り目が結構難しいです。例えば、もうすぐですかね、2月、3月あたりとか、冬の根菜は無くなり始めるけども、春野菜がまだ出てこないみたいな時期があるですよ。そこらへんが結構厳しかったりします。今、ようやくアスパラが出始めましたけど、まだ、やっぱイタリア産で。マルシェを見に行って、うん、ようやく4月になってプチポワが出始めたな、とか。

ザ・インタビュー「星を超えるシェフ、レストランES 本城昂結稀」

 本城さんはこちらでやり続けるっていう覚悟なんでしょうか。僕は、食べること、作ること好きですけど、食べてる人、作ってる人たちの、その情熱にやっぱり心も満腹になるんですよね。胃袋だけじゃなくて、出るときに、なんかこう、楽しかった、良かったと思える店なんですよ、ESって。

本城 ありがたいです。

 記憶に残っていくお店っていうのはなかなかないですから、みんな、どっか似てるような物ばっかりの中で、そういう、ちょっとみなさんと違うモノを作ろうとする姿勢、どういうところを心がけているんですか?

本城 それは、またパスカル・バルボさんの話に戻るんですけども、彼がよく言ってたのは、「お前らはロボットじゃない」ということです。レシピ通り作れば良いというもんじゃなくって、魚の焼き方とか、肉の焼き方にしても、今日と明日だったら全然魚も肉も状態が違うだろう、と。厚さも違えば、水分の入り具合も違うし、そこら辺をケアしていきながら、例えば、焼くのも、蒸すのも、揚げるのも、やっていかないといけない、ロボットじゃないのだから、と、よくおっしゃられていましたね。あと、常にアラミニッツ(即興)で料理を進めて行くんですけど、味付けして、うーん、あれ持ってきて、って急に変わったりするんです。えー、今ですか。あれが欲しいって、あと、一分後に出さなきゃいけないのに、今そんなこと言うの? みたいなこともよくありました。

 それは、彼の中の向上心なんでしょうね。もっともっと良くしたいという。

本城 まあ、そうですね。それは、常に言ってました。やっぱ、今日よりも明日、っていう。1ミリでもいいから成長してくれ、と。

 パスカルさんは、こちらに食べに来たことはあるんですか。

本城 あっ、ありますよ。凄く喜んでくれました。

 あっ、そうですか。やー、喜ぶとおもうなー。絵画のように綺麗で、背後に人間が見える料理で。

本城 いやー、そんなこともないですけどね。

 僕は、スープでまた、もう一回感動したのを思い出したんですけど、
美味しいね美味しいねって言って、提供されるまでの苦労が見える味だった。なんのスープだったかな、二回食べに来て、秋と冬だったので・・・。

本城 でも、同じ季節によく来られるお客さんて、食材が似通ってくるので、僕も結構悩んじゃうんですよ。お客さんによっても、必ず同じ日に予約される方とかいて、なんでなんだろうなーって、よくよく考えたら、あっ、誕生日だって。誕生日に毎年来られてるんだって言うことに気づいて、食材どうしようみたいな。あはは。

ザ・インタビュー「星を超えるシェフ、レストランES 本城昂結稀」



 レストランが再開したら、僕はすぐに食べに来たいです。

本城 はい、ありがとうございます。もっと席数減らしてもいいかなと僕は思っています。安全が一番大事だと思って、そんなに観光客が来るお店でもないですし。お客さんとすごく近いお店なんで、来てくださる人は月に何回も来てくれるとか、週に何回もきてくれるとか、そんな方もいるので。

 観光客はまだまだ戻って来れそうにないですしね。コロナが収束したとしても、なかなか昔みたいに戻らないと思います。地元に愛されて、この辺のお客さん、パリの方がゆっくり食べに来られることが増えるんじゃないですかね。逆にいうと。

本城 そうですね。やっぱりビストロとか大変だと思いますけど、前みたいに詰めっ詰めでっというのは、無理だと思うんで。ESはもっと席数を少なくして、僕ももっと、お客さんとコミュニケーションを量りながら、やっていけるような感じにした方がいいのかなと思っています。

 本城さんは、神戸生まれでしたか?

本城 はい、そうです。母親が宝塚で。

 あの辺も食の深い文化がありますからね。

本城 うちの両親もやっぱり食べるのが好きですね。小さい頃から、なるべくいい物を食べさせておけば、将来、頑張ってお金を稼ぐだろうと思って教育してたみたいですけれども、まさか作る側になるとは思わなかったみたいです。教育失敗したって言ってました(笑)。

 いやいやいや。パリにこのレストランがあることは大きいですよ。これからもフランスに基軸を置いて挑戦を続けていくって感じですか?

本城 そうですね。まだ、こうゆう状況ですけど、食材とか、パリが好きでもちろんこっちに住んでますし、東京とかでやるつもりは、僕にはないですね。

 今、ミシュラン一つ星を持ってらっしゃる。まあ、そういうことは、どうでもいい事かも知れませんけど、フランス料理の世界で、それだけ評価されてここでお店を構えているって凄いことですよね。

本城 いやいや、もう2013年からオープンなんで、そこそこ年月も経ちましたし、最初にプレッシャーを感じたのはもちろんあったんですけども、今は「こうでなきゃ」みたいな感じはなくなりました。

 僕は、星付きの店だからとか、ここは星があるから、無いからでレストランに行くことは全然ないんです。その料理人がどういうポリシーでやってるかだけしか、自分の中では関係ないんで、そういう意味じゃ、本城さんの料理は、僕の中では三ツ星なんですけどね。

本城 ありがとうございます。うちの常連さんとか、5年とか、 ずーっとオープンから来てたりとかしても、そういえば、お前んとこ星付いてんのみたいな話をしてます。あっ、あるよ、て言うと、あっ、知らなかったオレ、みたいな。


 実は、僕も最近知ったんですよ。

本城 でも、それでいいと思うんですよ。結局、それって星に価値を見出して食べに来てもらってるわけではなくて、純粋に料理に価値を見出して来てくれてる方ということだから。僕としては安心じゃないですか。

 やー、レストランがオープンしたら一番で食べに来たい! 今日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

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posted by 辻 仁成