JINSEI STORIES

滞仏日記「旅先でしか語りあえないこと」 Posted on 2018/12/28 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、旅先でしか語りあえないことがある。家にいる時ってあんなに話し合うチャンスがあるというのに、会話にならないことがほとんどなのはなぜだろう。今日、アルト地区にあるファド(ポルトガルの民族歌謡)が聞けるレストランに夕食に出かけた。宿からそこまで30分ほど歩いた。下町の飲み屋街の路地にその店はあった。パリならばバスティーユのロケット通りみたいな、ざわついた場所である。知らない土地を歩いて初めて入ったレストランで食べたことがない地元料理が出てくる前のなんてことはない停滞した時間の合間・・・。壁際のテーブル席で、正面に息子が座っていた。すると不意に息子がとってもいい話をし始めた。「まだ会ったことがない友達が二人いるんだ」ネットで知り合った同世代の男の子と女の子らしい。一度も会ったことがないのだという。でも毎日、話さない日はないのだとか・・・。もう1、2年ネット上で仲良くしている子たちなんだそうだ。だから誰よりも励まし合い、よく知っている子たちでもある。そうだ、この話になる前に来月の15歳の誕生日会はどうする、というやりとりがあった。毎年、僕が仕切って誕生日会を我が家だったりカフェだったりあちこちで開催してきた。でも、来年はいつもの学校の友達を集めてってのはやらないでもいいかな、と息子が言い出した。彼らだけが世界じゃない、みたいな話になった。同じクラスの30人の中から友達を選ぶということに、息子は何か狭さを感じているようだ。もっといろんな人と出会って自分の世界を広げていきたい、みたいなことを、言葉を選びながら告げた。なんとなくだけど、そういう意思表示を受け取った気がした。そこから、会ったことのない二人の友達の話になった。

「どうやって知り合ったの?」親としてはいろいろ気になる。「友達の友達の友達みたいな」と彼は言った。「どこに住んでるの?」「パリだけど、郊外、一人はパリから40分くらいのところかな」男の子はギターリストで、ロック好き。女の子はフェミニストではっきりとした主張を持ち、聞く音楽はラップ。その子たちの話をたくさん喋った。とっても珍しいことだ。こういう時、親というのはどういう立場で聞いてあげたらいいのか、ちょっと迷う。子供が大切に育ててきた世界に親がずけずけと介入するのもよくない。だから静かに聞く側に回った。ファドの歌と演奏の合間に、ぼそぼそと息子は語った。「パパ、どう思う?」つまり、父親に意見を求めたのだ。「まず、会ったらいいね。ヴァーチャルな友達じゃなくて、一度リアルに会った方がいいんじゃないか」ここから二人は最初はどうやってどこで会うのがいいのか、という話になった。それが僕を少し感動させた。間違いなくそれは旅先でしか話せないことでもあった。そこに息子の成長があったし、彼の人間性がよく見えた瞬間でもあった。父親として嬉しかったのは、その子たちがこれまで彼が学校で仲良くしてきたどちらかというといいとこのお坊ちゃんたちとは違う、強い意志と世界観を持った、すくなくともこれまで彼が出会ってきた仲間たちとは違う匂いを持った子たちだったからだ。彼が言葉を選んで語る二人の性格というものが静かに僕の心の中で形になっていき、やがてすっくと立ち上がった。すると、少年だと思ってきた息子がもはや立派な青年であることに気づかされた。音楽の大好きな息子は彼らと音楽で繋がっている。どうやら共通項の中心に音楽がある。息子はずっとビートボックス、ループステーションが趣味で、最近は音楽ソフトを駆使して曲作りに凝っている。その子たちとも共通の音楽感で繋がっている。学校の友だちにはない新しい世界がそこに広がっているようだった。とくに女の子の友だちがいることを告げられたのも初めてのことだった。前からうすうすその子の存在は気づいていたのだけど、ここまで決定的に語ってきたことはなかった。僕らは食事が終わるまでずっと「どうやって会うのがいいか」について語り合った。それは思いがけず素晴らしい時間でもあった。出すぎたことを言っちゃいけないし、出すぎないのもよくないし。僕は微笑みながら息子と話しをした。ちょっとウキウキしながら。

帰り道の景色が違って見えた。2018年の12月の風景じゃなくて、2019年より未来の光りがそこには瞬いていた。僕は息子の肩に手をまわし、ぎゅっと抱きしめた。「友達はいいよ。一番の財産だからね、大切にしなさい」とだけ言った。珍しく反抗期の息子が「うん」と微笑みながら頷いた。リスボンに来てよかったと思った。ここに来なければ聞けなかったことだったかもしれない。すくなくともリスボンのアルト地区だからこそ聞くことのできた友達の話でもあった。さて、僕らの旅は続く。
 

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