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父子旅「トゥールの哀愁」 Posted on 2018/01/25 辻 仁成 作家 パリ

 
第19回アジア国際映画祭(FICAT)のコンペティション部門に映画「TOKYOデシベル」が選ばれた。開催地であるトゥールまで息子と行くことになった。この映画祭に招待されたのは2015年に続き2度目である。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

 
トゥールまでは、パリから車で2時間半、TGVなら1時間。ローマ時代から栄えた歴史ある古都だ。15世紀には一時的にフランスの首都になったこともある。
トゥール人はもっとも訛りのないフランス語を話す。そのせいでフランス語を学ぶ外国人留学生も多い。マルセイユやボルドーのような人気都市ではないが、しっとりとした古都らしい街並みが美しい。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

 
前回は映画「醒めながら見る夢」がノミネートされた。いろいろな映画祭に参加してきたが同じ映画祭に2度出席したのはここだけ。最初の時は息子もまだ本当に小さかった。この記事を書くために当時の写真を引っ張り出してみて、びっくり。まだ、私の胸の高さしか身長がない。今は、私よりも背が高い。
ふっくらした子供だったが、今は精悍な顔つきの、少年とも青年とも決め難い微妙な年ごろの男の子になった。荷物も持ってくれるし、写真も撮影してくれるし、通訳だってやる。実に頼もしく成長してくれたものだ。
父子旅をはじめた頃、とにかく私たちは旅を通して、結束し、気分を紛らわそうと必死だった。私たちはモスクワ、バルセロナ、イスキア、ミラノ、ナポリ、ローマ、コペンハーゲン、マルメ、ストラスブール、ブリュイエール、ブルージュ、アムステルダム、ロンドン、レイキャビック、モンサンミッシェル、サン・マロ、リスボン、カサブランカ、ウイーン、ロカ、ボルドー、etc。そして日本各地を旅した。その甲斐あって、絆は強固になり、今はよき人生の相棒である。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

 
3年前と同じ駅前のグランドホテルに宿泊し、同じ駐車場に車を停めた。前回も雨だったが今回も残念なことに雨である。トゥールと言えば、慣れない二人暮らしに四苦八苦していた頃の思い出と重なり、印象はちょっと暗め……。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

 
トゥールはロワール川とシェール川の間に位置し、周辺には現在もたくさんのお城が残っているため「ロワール古城巡りの観光スポット」として人気が高い。同じホテルには珍しく日本人観光客の団体も宿泊していた。アンブロワーズにあるクロ・リュセ城に行くに違いない。クロ・リュセ城は、16世紀、国王フランソワ1世がイタリア絵画の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチを招いた場所として有名である。ダ・ヴィンチは亡くなるまでの3年間をそこで過ごしている。私たち父子も前回、クロ・リュセ城を訪ねている。
ダ・ヴィンチの荷物の中に、彼の代表作である『モナリザ』『聖アンナと聖母子』『洗礼者聖ヨハネ』が入っていた。ダ・ヴィンチは亡くなるまでこれらの作品に筆を加え続けたのだという。現在は城の庭園がテーマパークとなっており、春先には桜が咲き誇る。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

父子旅「トゥールの哀愁」

父子旅「トゥールの哀愁」

 
ダ・ヴィンチのテーマパークの中で息子の一番のお気に入りはダ・ヴィンチが考案したという戦車であった。非常に独特でモダンな円盤形をしている。そのまま離陸して宇宙へ飛んでいきそうなデザインだ。四方八方から攻めてくる敵軍に応戦するための円形であった。私が10歳の息子にそのことを説明すると、幼い息子の目が輝いた。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

父子旅「トゥールの哀愁」

 
さて、映画祭の方は実に和気あいあいと進んだ。ディレクターのルーシーともすっかり顔見知りだ。アジア各国から20作品が選ばれ、そのうち8作品がコンペティション。観客は老若男女様々だが、いわゆるシネフィル(映画ファン)ばかり、質疑応答の内容も濃く、次から次に質問が飛び交い、結局一時間近くに及んでしまった。私は出来るだけ通訳さんに頼らず、自分の言葉を直接彼らに届けようと努力した。しかし、なぜか、彼らのフランス語が耳に入って来ない。トゥール人が話すフランス語は国内でもっとも訛りがないはずなのに、なぜであろう(笑)?
 

父子旅「トゥールの哀愁」

父子旅「トゥールの哀愁」

 
質疑応答の後、ワインを飲みながらの懇談会へと場を移した。映画祭は批判もしっかり出るのが普通だが、今回、なぜかとっても気に入られたようで「素晴らしい」の連発。お世辞かもしれないけれど入れ代わり立ち代わりやって来ては褒められ、監督しゃん、気分がいい。

「来てよかったじゃん」 

帰りの車の中で息子がクールに言い放った。試験期間中だから家に置いてきたかったが、まだ14歳。もしものことを考えると連れてくるしかなかった。この子が家でおとなしく留守番ができるようになるのはあと何年後のことであろう。
 

父子旅「トゥールの哀愁」

 
< ご報告 >
そして、今、日本時間1月27日朝7時に映画祭から連絡があり、『学生審査員賞』を受賞しました。
たくさん学生たちがみていたので、彼らが審査員だったんだね。なんか、若い人に評価され、未来があるってこと。とっても嬉しいです。息子も喜んでる。
東京デシベルファンの皆さん、ささやかな喜びを分かち合いましょう!
 
 

父子旅「トゥールの哀愁」

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