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「二十世紀監視塔からの眺め」 Posted on 2016/10/21 辻 仁成 作家 パリ

 
BBCのツイートを眺めていたら、これらの奇妙な作品と出会った。英文を斜め読みし、これらがロンドンで行われたロシア人写真家たちによる写真展 « Relics of the Soviet era »の紹介コラムであることを知った。

その中に、特に私の心に焼き付いた数葉の写真があった。雪景色の中に、淡く縁取られた建物がぽつんと屹立する、無機質で静かな写真たちである。ロシア生まれのダニラ・トカチェンコ(Danila Tkachenko)が三年に渡り撮り続けてきたものは、旧ソ連邦の時代、特に冷戦時代、大号令のもと建設され、その後、人知れず放置された「テクノロジーの遺物」たちであった。
 

「二十世紀監視塔からの眺め」

 
どの作品もそうだが、トカチェンコは見えない窓枠からそれらの廃墟を眺めている。窓枠は額縁のような役目を担っているが、同時に、隔絶を表してもいる。何光年も離れた宇宙からある一点を凝視するような冷静なまなざしがそこには横たわる。その荒涼とした世界に引き寄せられ、私はしばし、トカチェンコが切り取った独特な世界観の虜となり空想に耽った。

私はいつだって、そういう時に物語が動き始めることを知っている。
 

「二十世紀監視塔からの眺め」

 
西側と東側が核兵器によって睨み合った時代を生きた私にとって、これらの廃墟の写真が意味するものはわかりやすい。けれども、その時代を知らない二十八歳の写真家が、今や地図上からも忘れ去られようとしている錆びきった栄光と歴史、あるいは非人間的で無機質な前時代的な場所に好奇心を抱き、足を運んで撮影を続けていることに興味が宿る。若い廃墟写真家たちは、時代の遺物、廃墟から何を感じようとしているのであろう。

彼らは核の恐怖と緊張で対立した前時代から現在を俯瞰することでなんらかの教訓を学び取ろうとしているのだろうか。使われなくなった原子力発電所や、潜水艦、爆撃機、監視塔らの残骸の中に、どのような退廃的な美を掬い取ろうとしているのであろうか。これらの静寂に縁取られた写真たちは、我々が迎えようとしている未来への危惧を表しているのか。
 

「二十世紀監視塔からの眺め」

 
確かにトカチェンコは以下のように語っている。

« 人は常に今自分が持つもの以上のものを求める。より良く、より高く、より強く。それらが技術進歩の源となり、さらなる上昇を求め、あらゆるモノ、規格、そして、暴力のツールまでをも作り出した。しかし、技術的進歩の要であったこれらの場所は、イデオロギー対立の崩壊(冷戦の終焉)と共に、その意義を失ったのだ。 »
 

「二十世紀監視塔からの眺め」

 
私はもっと遠くからこの写真を眺めることができた。百光年ほど離れた別の惑星から私はこれらの星の制限区域を見つめることができた。これらの記憶はこの星の歩みそのものであり、そこに栄えたであろう文明の儚い残滓であり、愚かさにまだ気が付いていない人類という生物の淡い遺跡群なのであろう。

ここに私は意味を探すことはしない。若い写真家が切り取った窓枠からその時代を傍観する旅行者のような感覚に似ている。もちろんそこには教訓や懐古があるのかもしれない。しかし、私はそれよりももっと単純に、この若い写真家が切り取ったこれらの風景を美しいと思うことができた。理屈の前に立ち戻ることができるならば、何も知らずにこれらを眺め立ち止まった最初の自分の思考こそが一番自然な気がする。写真家が若いことや、それらが二十世紀のテクノロジーの残滓であることなどは、遠い昔の記憶に過ぎない。一枚の写真が複雑な意味を押し付けるまでもなく、そこに私を立ち止まらせる新鮮さや強烈な何かが、これらの作品の中には眠り続けている。
 
 

〇Photography by Danila Tkachenko
Danila Tkachenko was born in Moscow in 1989. In 2014 he graduated from the Rodchenko Moscow School of Photography and Multimedia, department of documentary photography (supervisor Valeriy Nistratov). In the same year he became the winner of the World Press Photo 2014 competition with the project Escape which he worked on for 3 years. In March 2015 he finished the project Restricted Areas which has already received a number of international awards including European Publishers Award For Photography, Burn Magazine grant, and included in the Dutch magazine Foam Talents. The series was published in such magazines as BBC Culture, The Guardian, IMA Magazine, GUP Magazine, British Journal of Photography. At the moment Danila Tkachenko is working on two projects which are being shot in a significant part of Russian territory and several neighboring countries.
http://www.danilatkachenko.com/



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