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千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編Posted on 2016/10/30  Posted by 辻 仁成

千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編

日本を出て外から日本を目撃し、
日本という国をフィードバックしていく。


千住博さん(以下、敬称略) みんなそれぞれ理由があると思うけど、辻さんはなんでパリへ行ったの?

 90年代後半、一時ニューヨークへ住んでましたけど、あそこは亡命してきた人々が再起するための場所みたいだった。エネルギーはすごいんだけど、なんだろう、下から上に向かおうとする逆さ滝のような場所、あの摩天楼のような感じの場所で、僕はマンハッタンのど真ん中で暮らしていたから、ちょっと苦しくなってね。ニューヨークは今の自分には向かないな、と思い、離れたんです。

千住  そうだったんだ。その後、パリへ行ったけど、文学者としてはやはりパリだったのかな?

 海外で長く生活している日本の作家ってそんなにいないね。森鴎外も、永井荷風も、夏目漱石も滞在は短かった。15年暮らしていると、パリの物語を書いても、多少リアリティが増す。子供はここで生まれ育っているからね、もう中2だし。

千住 やはり日本語で書きたかったの? つまり外国語を取り入れたりとかしないで?

 その頃、中国、韓国、イタリア、ドイツ、トルコなど世界中で自分の作品が翻訳されていくことになるんですが、何を書いても翻訳されると日本語の文体の良さがすべて失われてしまうんだよね。そりゃあそうだよね? 言葉ってある意味、伝えたいことにとって厄介なものだから。でも読者はそれを読むわけで、自分の作品が翻訳されるということを意識しながら小説を書くというのは苦痛だった。だから逆にそういう中で自分は日本語にしがみついて書くという方法をむしろ選んだのかな。日本にいた頃よりも日本語の本来の素晴らしさを信じるようになったかもしれない。

千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編

千住 パリの魅力ってなんですか?

 パリの移民文化は魅力の一つだと思う。アルジェリア、ナイジェリア、モロッコ、ポーランド、ポルトガル、コロンビア、メキシコ、ロシア、さまざまな国からの移民で成り立っている。フランスの人口の10分の1はアラブ系の移民。パリ市内ではフランス人を見つけるのが難しいくらい、移民が多い。そこが僕には面白いです。

千住 よく伝統を守るっていうけど、伝統(トラディション)って何だろうと考えた時に、トラディションのトラはトランジションとかトラベルという派生語にも見られるように引き継いで行く、乗り越えて行く、枠を広げる、新しいものに移り変わって行く、という意味があり、それが芸術の本質なんだけど、そう考えるとパリって場所は芸術の都なんだなとあらためて思いますね。辻さんのような人が異邦人として心地よさに憧れるという思いが、今話しを聞いて強くわかりました。

 しかし、このパリにも文化的な問題はあるんです。街中が美術館みたいだから、審美眼は育つけれど、新しさが育ちにくい気がする。フランス人は優秀なキュレーターになり、アーティストは移民、という印象。パリには歴史的偉人があまりに多すぎて若い人たちは気おくれしてたりするのかな。

千住 でもね、実はこれから先の時代、特定のどこからも生まれてこないんだよ。じゃあ、今どこから新しい文化は生まれているのかというと、要するに情報の持つ力によって世の中が全く違う時代に突入してしまったわけ。インターネットの世界、つまり世界中のどこもが世界の中心になりうる時代になってしまったんだよ。インターネットのおかげで、どこにいても世界各地から発信される情報が手に入る時代になってしまった。それはとても便利ではあるけど、ある意味、とても怖いことでもあるんだよね。

 なるほど。インターネットの世界もいい点悪い点いろいろありますから、でも使い方一つだと思うな。インターネットを一つの道具だと思って考えたらこんなに便利な道具はない。みんな、その使い方がわからないだけなんだと思うんですがね。

千住 ただね、僕が心配するのは、これはどこかの本で昔読んだ話だけど、たとえば水族館の中でイルカが泳いでいるとする。8の字にイルカは泳いでいるとしよう。8の字に泳ぐとみんなが喜ぶからね。ある日、大海原に出たイルカはどうするかと思うと、やっぱり8の字でしか泳げないんだよ。遠くに行けないんだよ。インターネットの使い方を誤ったら、大海原に出たイルカのようなことが起こり兼ねないと僕は思うんだ。

 そういう考え方もありますけど、子供たちのインターネット化は止められないわけだから、彼らを引き戻すことができないのであれば、何か違う提案はできないかと前向きに考えたい。

千住 僕もそのことは理解している。でもね、インターネットに対して批判している人間がいることを示すことはとても大切なことだと思うんだよ。インターネットは危険だと言い続けている人間がいる、ということが僕の役目だと思ってる。それで周りが変わるとは思わないけどね。

千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編

行動を起こすことは失うものも多いけれど、
そこで失ったものはとても大切な経験となって自分に戻ってくる。


 千住さんはなぜニューヨークに行かれたんですか?

千住 僕が渡米した1990年代前半はインターネットがなかった時代なんだよ。ほぼまったく一般に普及されていない時代。つまりインターネットがないということはYou Tubeもない、ブログもTwitterもホームページもなかった。それで僕は随分苦しんでいたんだよ。日本からだと世界に向って自分を発信する方法がなかったからね。それと同時に世界の新しい情報をどのように掴んだらいいのか悩んでいたんだ。海外の美術雑誌は2ヶ月遅れで届くわけ、それを見て、なるほど今世界ではこういうアートが流行っているんだなって思うわけ。これが、最先端の情報なんだと思うわけ。だけどその情報は2ヶ月前の古い情報なんだよ。だけどそれでも雑誌が出ることで、ものすごく便利にはなっていたんだ。というのは、黒田清輝の時代は、たとえば黒田がパリへ行って印象派を学んで素晴らしいと思い、日本に帰って印象派を広めた時、すでにパリでは印象派は終わっていたんだよね。しかし黒田は印象派以外を決して認めなかった。黒田は東京美術学校の教授をしていたんだけど弟子の藤田嗣治(レオナール・フジタ)に印象派風の絵を描けといったら藤田は描きたくなかったのね。それで黒田は藤田にほとんど落第点すれすれの成績をつけて東京の美術学校を卒業させたんだよ。その後、藤田は黒田からもらった絵の具箱を持ってパリに渡ったんだけど、藤田がパリに着いたら、印象派はとうに終わってたと気付く。藤田がそこでまずはじめに何をしたかというと、黒田からもらった絵の具箱を床に叩きつけ、「そこから私の人生ははじまった」と言ったんだよ。
それに比べたら1990年代は2ヶ月遅れであれ、情報が届くということはすごい進歩だった。でも、2ヶ月前の情報はやっぱりアートの世界では古い情報なんだよね。だからどうしても世界の文化の中心に出て行くことが必要だった。美術の真ん中に出て行かなくちゃ、インスパイアもできないしインスパイアされないし。だから僕らの時代はみんなとにかくニューヨークを目ざした。現代美術家の村上隆さん、水玉模様で知られる草間弥生さんもニューヨークに行かれた。世界の芸術家が集まってしのぎを削っている場所、そこに身を投じて挑みたい、というのが芸術を志すものの自然な気持ちであり、それがニューヨークに行った僕の理由だった。

 そこから私の人生ははじまった、か。なるほど、いい話だなあ。

千住 でも、もし今僕が若者で画家になるとしたら情報のためにニューヨークには行ってないと思う。だってすべての情報はインターネットで手に入るわけだし、どこにいても世界の中心にいることができるからね。

 じゃあ、今ならどこにいきたいと思いますか? 若者だったら。

千住 僕が今若者だったら、やっぱり自分のアトリエに引きこもっているかな(笑)

 (笑)

千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編

Waterfall (2016年・130.3 x 193.9 cm)

 
千住 インターネットの普及で僕らは今や、とても豊かな選択肢を手にしている。だから今の若者の気持ちもよくわかってはいる。これはインターネットの利点でもあるけど、でもあえて一人の人生の先輩としてみんなに言いたいことは、それに頼りすぎると損をするということ。行動を起こすことは失うものも多いけれど、そこで失ったものやことはとても大切な経験となって自分に戻ってくるということ。その失うものやことの重要さを知ってほしいんだ。僕らがあの時代ニューヨークへ行って感じたこと体験したこと流した汗すべて、そこから得られるであろう感動を今の若者に実感として味わってもらいたいんだ、大変さも含めて、それが自分をデザインする上で大きなものになると、僕は僕なりにそう思ったわけ。

 うん、まさにおっしゃる通りだな。じゃあ、外に出ない人たちを外に出すにはどうしたらいいのだろう?

千住 僕はこう思うんだけど、僕たちが得た一番大切な情報は、一番大きな刺激は、インターネット外、すべてインターネットの外側にあったんだよね。インターネットで得る情報は僕たちの人生の中に関わってる情報のたった5%くらいにすぎないということを、僕はみんなに教えてあげたい。

 インターネットは輪郭だけを与えてくれるもので、血肉は自分で探し、自ら手に入れないとならないということ。輪郭は用意されているけど、その血と肉は自分で探せ。インターネットが輪郭を教えてくれるとするならば、たとえばこのWEBマガジンでも人生のデザインの輪郭を提示することができる。でも行動するのは読者一人一人。行動したことではじめて自分の人生が見えるんじゃないか? あくまでも僕らは道先案内人的なことしかできないけれど、しょうがないよね、自分で探し発見するものこそがアートなのだから(笑)。
ところで千住さんは、ニューヨークを拠点に日本画家として大活躍されていますが、世界に向けて発信し続けている千住さんにとって、今一番大事な仕事って何でしょうね。千住さんがこれから「命をかけてやりたい仕事」についてお聞きしたい。

千住 絵を描いているということが、僕なんだよね。絵を描いて描いて描き続けて、生涯かけて一枚でも多くの作品を遺して死んでいくということが、ある段階から、僕の人生そのものになっていった。だからそういう意味で言ったら、日常一枚でも多くの絵を描くということかな。そのためには体調管理もやるけど、やっぱりお酒は飲んじゃうね。実は絵を描くことってものすごく集中することだからね。

千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編

 千住さんが「滝」の絵を描いているところを以前直に見させてもらいましたね、アメリカの千住さんのアトリエで。ずっとスプレー持って足開いてさ、腰を低く屈めてましたよね。立ちっぱなしの時もあるし、あれじゃあ腰も悪くなる。

千住 ほんとだよね。たとえばミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井画ってあるでしょ。ミケランジェロはずっと天井を見上げながら描かなければならなかったから、体中が痛めつけられて最後には首と足腰がガタガタになったって言われてる。絵を描くっていうことは本当に健康に悪いんだよ。でもある意味それは、絵に対するサクリファイスというかね、才能を与えてもらった芸術の女神に対する、当然の敬意なんだよ。だから、僕は健康に悪い位の集中でもする。しかし困ったことになかなかその集中から、自分を解放できないんだよね。集中から解放するためにどうしたらいいかっていったら、やっぱり僕の場合は毎日2時間くらい運動をすることなんだよ。そして、人に迷惑を与えない程度にお酒を飲むわけだけど(笑)。
ライフスタイルをいろいろ変えると、結局質が深まっていかないでしょ。他人の目は欺けても、自分の目って欺けないんだよね。だから、自分の絵がいかに駄目かってことも、僕はよくわかっている。57歳で僕くらいの立場になると、もう批判ってあんまりされないんだよ。人もあまり僕には言わないんだ。でも僕自身は、自分の絵のどこが駄目かがよくわかっているんだよ。

 滝の絵って、これまでにどのくらい描いたのかなぁ?

千住 だいたい三千枚くらい描いてるんじゃないかな。

 三千枚! 馬鹿な質問だけど、一つ一つの滝が違うんだよね? 

千住 同じ滝を描こうと思っても、たとえば我ながら悪くはないと思う滝があって、じゃあ、同じのを描こうと思っても描けないんだよね。そんな安易な気持ちで描きはじめたら、それがねらっていたレベルから一番遠いものになってしまうというか。

 なるほど、わかる気がする。それはよくわかる。

千住 絵画っていうのは、過去の経験が絶対に生きないんだ。これがうまくいったとして、しめしめと同じことをやってやろうと思っても、その心掛けがそもそも駄目なんだ。たとえばフランク・ロイド・ライトじゃないけれど、あなたの傑作はなんですか? って聞かれ「次の作品だ」って答えたように、僕も同じ。今にして思えば、もう一筆手を入れたいと、どの絵を見てもそう思うよ。もうちょっとしぶきを描きたかったとか、もうちょっと華やかに描きたかったとか、ほんとに僕自身がね、いい意味でも悪い意味でも変わってきているということもあって。たとえば初期の僕はダイナミックなものが描きたかった。でも今は静かなものを描きたいと願っている。心境が変化しているからそう思うのかもしれないけどね。昔の作品を今見ると「ダイナミックだなあ」って、いい意味じゃなくてそう思う。もっと静かで、もっと謙虚な滝にしたいなって今は思う。若い時に謙虚で静かな滝なんて描きたいわけじゃない。僕自身が変わってきているんだよね。

 変化は当然だし、人間は生まれて、変化して、最後は死ぬんだ。生まれて死ぬまでの間は変化しかない。「あいつは変わらない」というのは見た目で、それでも内部で変化は繰り返されている。まったく変わらないものなんて存在しない。人間は一切皆苦の世界に産み落とされる。四苦と八苦を背負って生きる。誰も人は自分の生まれを選択できないし、滅することを拒否できない。その間はずっと変化し続ける。いい方に変化するか、悪い方に変化するか、これだけは自分でなんとかすることができるんだ。変化の仕方が大事なんだと思うよ。

千住 それこそがやっぱり、自分でデザインした人生を生きていくということなんだよ。しかし同時に、人生にリハーサルなし。常に本番だね。

 千住さんは、どんなところから創作のデザインを発見されたの? まず、滝のデザインはどこからヒントを得たのか。

千住 そうだね、最初は滝を見て、これ描くの本当に難しいなって思った。こんなもん描けないなって思ってね。だって滝って最初からすごく動いてるでしょ。描こうと思っても、動いちゃうからね。

 あれは時間でしょ?

千住 その通り時間なんですよ。

 生きて、やがて死んで行く。

千住 滝ってなにかって言うと、あの動いているのは水ではなくて、時の流れなんだよね。時間の流れってこんなすごい勢いで流れてしまっているんだなって、水を見ていて思うわけ。

 しかもあれ、重力だよね。僕はあの絵を最初に見た時、千住さんはきっと時間と重力を描こうとしたんだなって思った。

千住 時間と重力っていうか、それに加えて、水なんだよ。水があって適度な重力があって、適度な温度があるってことになるのね。つまり地球って何かって言われたら、滝なんだよ。水があって重力がある。滝というのが描ければ、もう、すべてを表すことができるんだな。森の中で見て、滝が動いてる。やっぱり人間だけじゃなくて誰だって滝を見るよ。鹿だってりすだって、うさぎだって、たぬきだって、みんな多分滝を見ると思う。

千住博×辻仁成、創刊記念対談「生きるをデザインする」後編

 今回はこの創刊したばかりのWEBマガジン「デザインストーリーズ」でね、大勢の仲間たちの力を借りて意匠の物語を紡ごうと思ってる。執筆者の中に何か目に見えない天からのメッセージが降りてきて、自分と対峙しながら自分という人生の物語をデザインし完成させていくというような物語を・・・。
 
千住 デザインストーリーズってやっぱり結果じゃなくて、進行形だよね。

 いいこと言うなぁ! これはずっと進行形なんです。進行形! 僕はずっと新人でいたいっていう気持ちを持ち続けて、そうするとずっとチャレンジし続けることができるじゃない。ずっと新人でいいんですよ。できることなら、それが楽しいよね。

千住 っていうことは、僕的に言えば「まだ駄目だ、まだ駄目だ」ってコツコツ絵ばっかり描いてるってことになるね。描いても描いてもうまくいかない、まるで滝のようにどんどん、どんどん時も流れて動いて、滝も止まらない。滝も進行形。全部そういうことなんだと思う。僕は滝であり、辻さんは異邦人であり、エトランジェ。

 異邦人、エトランジェね。いいよ。そういう連中が集まって作り出すWEBマガジンなんだから!

千住 エトランジェは常に移動している。移動していることの魅力。動く水は腐らないっていうけども、止まってしまった時にはもうストーリーが止まった時なんだ。

 止まった水は腐るって言いますからね。
 
 

対談:2016年7月 東京・西麻布にて
写真提供: Hiroshi Senju Studio(New York)

posted by 辻 仁成