THE INTERVIEWS

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。 Posted on 2017/02/12 辻 仁成 作家 パリ

アントニオ・ガウディという人物は非常にミステリアスな建築家である。
彼の名を世界的に有名にさせたサグラダ・ファミリア、その中でも世界遺産に選ばれている生誕のファサードこそ彼の代表作であろう。

ガウディの遺志を受け継ぎ、生誕のファサードを現代に蘇らせた日本人彫刻家、外尾悦郎氏に、天才ガウディの人となり、功績、孤独感、愛、信念、そしてミステリアスな人生についてお聞きした。

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 まずはガウディについて。ガウディはミステリアスすぎて、どんな人だったのかとっても気になります。女性恐怖症だったり、気性が荒いという逸話や、晩年はホームレスのような恰好をしていた、などいろいろ耳にします。外尾さんの感じるガウディ像をお聞かせください。

外尾悦郎さん(以下、敬称略) ガウディはシンプルな人です。シンプルすぎて、普通の人から見るとミステリアスに見えちゃう。何でもそうだけど、過ぎちゃうとね。わからないものっていうのを、人間は複雑に考えてしまうから。複雑なものをシンプルに考えられる人っていうのは、本当に頭のいい人です。普通の人はシンプルなものを見るとなんか疑っちゃうって言うかね。そんな意味で、ガウディという人は本当にシンプルな人だったと僕は思ってます。彼は生まれた時から病気があった。しかも、自分が生まれてくる2年前に、2歳と5歳のお兄さんとお姉さんが 亡くなってる 。2歳と5歳の子供を失った親の家庭にガウディは生まれてきたんです。生まれた時はそんな事知らないわけだけど、その家庭には、やはり重いものがあるはずですよね。その中に、やっぱり病気を持って生まれてきたガウディ。アントニオ少年が、どういう空気を吸わなきゃいけなかったか。自分の体は何故こんななのか・・・、他の子は走り回っているのに、なぜ自分は学校に歩いて行けないのか。そういう、答えを求めようにも求められない疑問だらけの中で、ポンと一人立たなきゃいけなくなって。だから、おじいちゃんの田舎で一人ぼっちで育ったわけでしょ。当然、友達も来てくれない。テレビもなければ、電話もラジオもない中で、ただ救われたのは、これは僕の想像だけど、母親がそれはそれは大事に育てたんだと思う。ありったけの愛情をかけて。というのは、2歳と5歳の一番かわいらしい盛りの子供を二人も失った母親が持っていた感情というのは、もう抱きしめても抱きしめても、抱きしめきれないほど大事にしたいというものだったろうと思う。だから、ガウディが母親の愛情を受けたのは確かだろうし、ガウディの母親に対する愛情もやはりすごかったと思う。

 2歳と5歳の子供たちを亡くした母親の苦悩と愛をアントニオは背負うことになるのですね?

外尾 母親の気持ちとしてはね、その亡くなった二人の子供達は母親の中から消えないわけですよ。生きてるわけ。でも抱擁することはできない。抱きかかえられるのはアントニオだけ。だから、彼は三人分の愛情を受けて育った。

 三人分を背負って生きてきたってことですね。それは、彼が何歳くらいの時に自覚するようになったんでしょうか。

外尾 生まれた時から自分の特別な環境というのを感じていたでしょうね。

 なんか、女性恐怖症だったとか、人間があまり好きじゃなかったとか聞きましたが。

外尾 人と接する事に慣れてなかったんです。その頃の自分の心を開いてくれたり、友達になってくれたのも、体の痛みを癒してくれたりしたのも、「自然」だったんです。いつも、おじいちゃんたちが田舎の仕事場で銅板を叩いていた。とんとん銅を叩く音だけが聞こえてるわけね。でも、朝、平らだった銅板が昼頃になると丸っこいものに変わっていくのを見た時のガウディ少年の驚きってね。凄かったと想像できますよね。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 ガウディは田舎で育ったそうですが、どこら辺ですか? バルセロナから結構近いのですか?

外尾 タラゴナという地方でガウディは生まれました。ローマ時代にできた遺跡がいっぱい残っているところで、バルセロナから車で1時間半ぐらい。ローマの一大都市だったんですよ。イベリア半島のどこかにローマ帝国が都市を造って広げていこうという時に、まず目をつけたのが水と石。水がなければ人は生きていけない。そして、石がなければ都市は建たない。その両方を持っていたのがタラゴナだった。そうして、タラゴナにローマの大都市ができたんです。

 まだその頃はバルセロナという都市はなかった?

外尾 遺跡は多くありますがまだまだ田舎でした。タラゴナという街の近くにはレウスという街があってね。レウス、ロンドン、パリといって、当時、世界の中心地だったんです。あらゆるナッツ類、特にヘーゼルナッツの値段が上がったり下がったりで大儲けした時代があったでしょう。当時レウスという街は4つも駅があり工業も盛んな重要な街だったんです。

 そこは都市としてはもう没落しているんですか? タラゴナというところは、あることはあるんですか? 

外尾 もうローマの遺跡しかないようなところです。まあ、立派な一地方都市です。でも歴史上ではとっても重要なところです。歴史といっても2000年の歴史の中での話ですけどね。
ガウディが生まれた頃(1852年)はそのレウスという都市は経済的に伸び盛りの都市だったからね。仕事もちゃんとあったんだろうと思います。ちょうどその頃、バルセロナも伸び始めた頃だった。1859年にイルデフォンソ・セルダという人がバルセロナ都市計画を作った。これからバルセロナは伸びて行くぞ、っていう時にガウディは生まれたんです。バルセロナって道が真っ直ぐでしょ、その時に南米との関係でいろんなお金持ちが出てきたものだから、アールヌーボーと言われる時代、南アメリカから富を持ってきたカタルニア出身者たちがモダニズムという時代を造り多くの建築が、みんなそういう人たちのお金で作られた。

 「ガウディの伝言(外尾悦郎著)」の中に、ガウディは”ゴシック建築の完成者であり、ギリシャ建築の完成者である”と書かれてあります。

外尾 それは僕の個人的な意見なんですけど。建築史を見て行くと、人間というものはわからないものがあったら分解して、並べて行くぐらいしかできてないんですよ。ところが、これからの建築史にしても、様々なものの見方に関して、総合的に見れる人を作っていかなければいけない。歴史の中で、「ルネッサンスの時代に生まれたから、ルネッサンスの人だ」とか言うけど、でも、先に人がいたわけですから。ルネサンスという名前は後からつけられた。だから、その時代に生まれたからその時代、文化を象徴しているというものではなくて、そのどこにも入らない人がいてもおかしくない。ガウディという人は、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、少なくても千年の歴史全てを勉強して完成させた人。例えば、2000年前のギリシャ時代もギリシャ人たちは完成できなかったわけです。もっとギリシャの文化を煮詰めて、完成させることができるんだって証明してくれた、それがガウディだった。ガウディはもっと先へいけた人。ゴシックだってゴシック時代に完成はしなかった。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 ゴシック建築では、壁を支えるために何か別のもの加えて支えたりしますね。

外尾 つっかい棒(フライング・バットレス)ですね。でも、ガウディはそれをも取っちゃったわけ。本当にゴシックが求めたかったものを目に見える形にしたのがガウディだった。

 建築物の水平と垂直が交わる部分というのは構造上でもっとも無理が生じるところと言われていますね。ガウディは接合部分を曲線でつなげたり、柱を放射線状に枝分かれさせたりさせています。一番驚いたのは、模型はありましたが、設計図がないということ。さらに、糸で物体を吊り下げ重力を計り、また、それらを逆さにすることで、強度を得るという発想。サグラダ・ファミリアは自然の力学をモチーフにした特別な手法で作られたということです。とにかく、どれ一つとっても驚きの連続なんですね。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
外尾 そこがガウディのミステリアスであり、シンプルで大事なところ。それは辻さんが以前おっしゃっていた、飛行機の中は全て人工的なデザインで、飛行機の窓の外に見える自然は神のデザインである、という。ガウディはその差を全部取っちゃったの。だから、逆にそれができたの。引力がなかったら我々はここに座っていられない。ガウディは神が引力を与えてくれたおかげで我々はこうやって立っていられるし、物も建てられると言った。それまで人間にとって引力は敵でしかなかったんです。建築家たちは何とかこの引力と戦いたい。強い素材、鉄筋コンクリートという物を作って引力に勝ちたいと思ってた。でも、引力は何よりも強いわけです。

 ガウディは、重力までをも接着剤にしてる。

外尾 どんな接着剤よりも強くて、信頼を置ける接着剤というのが重力です。

 それを19世紀初頭、まだそれが学問的に立証さえされていない時に作り始めて、勿論それを信じてやった職人たちや、お金出した人もいるでしょうから、そこがすごいなって思うんですよね。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
外尾 一つの逸話として、ローマ時代からあるアーチがあるでしょう。ガウディは、広がった扇型のアーチを作ったんです。そんなもの職人たちは見たことないから絶対にできるわけないと思っていた。そしたらガウディは「自分が真ん中に立つ。落ちたら私は死ぬかもしれないけど、落ちないんだから組んでくれ。」と言ったんです。職人たちは絶対やだって言ったんだけど、ガウディは自分が下に立って証明するからって。そのアーチは今でも建ってますよ。

 グエル公園の空中回廊の下を歩きましたけど、見上げると石がぼこぼこ飛び出ていて、落下しそうなのに、100年以上落ちてないし、事故がない。不思議です。物理学でその理論が証明されるよりもずっと前に、そういうことを発見し、自覚して、実際に活用している。石を組んだだけの橋の下に自ら立って、指示をするだなんて、驚くほどの確信だと思うのです。いったいどんな確信があったんだろう。普通の人間だったら大丈夫とわかっていても恐れます。自分がどんなにできると思っても、もしかしたらできないかもしれないっていう可能性の前で足が竦むはずです。
 
外尾 それが、信念。信じるということはそういうものなんですよ。

 ガウディはとっても信仰深い人だったと思うんですけど、最初はそうじゃなかったんですか?

外尾 なぜ、自分は病気で生まれなきゃいけなかったのかと毎日疑問に思っていただろうし、なんで自分はこんな痛い思いをして、なぜ学校にもいけないんだと思っていたと思う。家族の話を聞いていると、自分にはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいたけど死んでしまったという。なぜだろう? って。それに、決して豊かな家庭に育ったわけではないので、今の時代にもある「いじめ」もあったり。なぜだ? って。

 自分がなぜこんなにたくさんの受難を受けなければならないのかって、神がいるのであればそんなはずはない、と子供の頃は思っていた?

外尾 なんか納得できなかったんですよね。だから、彼は誰よりも幸せになりたかったはずなんです。幸せとは何か? というのをずっと考え続けて、建築家になって、僕はその頃に彼は気付いたんだろうって思うのだけど、「幸せというのは、人に与えて初めて幸せになる」ということを感じたんだと思うんですよね。ガウディの一つ一つの作品というのは、全部違うんです。「なぜガウディの作品は全部違うんですか?」って最近サグラダ・ファミリアの建築家にも聞かれたんだけど。笑 例えば、美味しいものっていうのは本当にカラダのためになるっていうのかな、カラダが美味しいって言ってくれてる。一切無駄がなくて。その、「完璧に無駄がないもの」というのが神のデザイン。それをガウディが求めたんだと思う。だから、ガウディは幸せだった。建築を通してあらゆるものを幸せにしたかった。その建物のオーナーを幸せにしたかった。それが最終的に彼の生きる道と気づいた時に、方向性が決まったんだと思います。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 僕は建築のことは全く素人ですけど、サグラダ・ファミリアという世界一つとっても、そこに携わる建築士や彫刻士の人がたくさんいて、もちろん、みんな人間ですから、いろんな妬み恨みもあるんじゃないかなって思うんですけど、こういう神聖な聖堂の中でも戦いがあるんでしょうね?

外尾 ガウディはね、すごい嫉妬を受けたんですよ。同じ時代に3歳年上のドミニク・モンタネルという大天才がいたんだけど。彼はガウディがいなければ世界的な天才として世に残っていただろうけど、ガウディがいるばっかりに彼はいつも一歩下に見られていた。でも、彼は裕福な家庭に生まれたんで、常にガウディに対しては上から目線だったんですね。ある時、電車で二人が一緒になって、その時にモンタネルは当然のごとく堂々と彼の前にやって来て、「ガウディくん、天才を続けるのは難しいね。」と言ったそうなんです。そしたら、ガウディは即、「そういう質問に答えるのが一番難しい。」って答えたと。そういう逸話もあります。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 これは僕の意見ですけど、不思議なことが一つあるんです。外尾さんという人は、一番ガウディを信じていて、一番ガウディになろうとしてるって言ったら失礼ですけど、ガウディの意思そのものを体現しようとして、伝え、再現しようとしてる人じゃないか、と。謂わば、ガウディの生まれ変わり、みたいに思うことがあるんですが。笑。外尾さんのガウディに対する愛はとっても深いと思うんですよ。

外尾 公言しちゃダメだよ。笑 

 ガウディは凄く愛されてた人ですよね。じゃないと、これは建てられない。しかも、とくに職人に愛されたと聞きますが・・・。

外尾 職人に愛されたのではなく、職人を愛したんですね。誰よりも。例えば、ガウディは3つくらいの戦争を生き延びてる。彼はそんな激しい社会の動きの中で自分の道を歩いて行った人なんだけれども。ある職人の子供が困った時に、父親に相談できなくてガウディに相談したんだそうです。そしたら、街に鉄砲の弾がピュンピュン飛び交う中、ガウディは杖をついてそこの家まで行って、助言したのかお金渡したのか知らないけど、そんな人だった。問題ある職人もすぐにクビにするのではなくて、その人を懇々と説教した。働く職人たちや家庭をもとても大事にしたんです。ガウディの職人に対する愛情はあまり史料として残されていないけど、見ればわかる。
今日見てもらったロザリオの間ね、あれは柱にしても柱頭にしても、どこの時代にもないすごいデザインなんですよ。すごいデザインなのに、僕は彫る時に初めて気づいたのだけど、ものすごくシンプルに、腕のいい職人ややる気のある職人だったらすぐにできちゃう造りになってる。すぐにできるように、寸法がもう決められてるわけ。コンパス一本で全部できちゃう。直径の10倍を柱の長さにして、12等分、12という数字はいつも使われるんですけど、それを10cm上がって次の柱、10cm上がって隣の線に移って・・・。ガウディはすごいデザインをするんだけど、非常にシンプルに、職人のために、職人が彫りやすいように、やる気がある人なら誰でも、必ずできてくる作り方まで考えてデザインしてるわけです。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 ガウディは建築家であって彫刻家ではないですよね? でも、あの生誕のファサードの構造を考えたのはガウディだ。そうすると、これね、僕には大きな叙事詩を見ている気がするんです。ワーグナーのオペラのような。だから、建築家っていうと構造を作って、それこそ信仰がなくても建築物を造っていける人たちがいっぱいいるんだけど、彼の場合は熱心なカトリック教徒ですし、一つ一つのディテールにキリストへ捧げる物語を与えている。全部をまるで作曲しているかのように。だから、錯覚しちゃうんですよ。彼が建築家なのか、彫刻家なのか、詩人なのか、わからなくなっちゃう。芸術家って言った方がいいのかな? いや、神? まさに特別な存在ですよね。

外尾 だから、神の建築家って言われてますよね。例えば、自然が作った建築、建造物。山だってそうです。なぜ山が3000mも8000mもあって崩れないの?って。それは引力が支えてるから。いくら高くても引力さえしっかり計算されていたら、そこは壊れない。ガウディはどんなに高くなっても怖くない。地盤さえしっかりして、引力に従っていればどんなものも人間はできるって。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 それは神の設計みたいなものでしょうか?

外尾 構造物だけじゃなくて、例えば窓にしたって、窓がどれも四角いのはガラスを切るのに便利だから。それは四角い建物が建つのと一緒で、便利だからというだけのこと。本当のデザインは何かというと、窓は光のためにあるわけで、雨風を防ぐのだったら壁でいいわけです。じゃあ、光のために窓があるんだったら、光にデザインさせればいいじゃないか。光が窓をデザインしたらどうなるかっていうことなんです。日が東から昇って西に落ちていく間に、一箇所に光をあてたらどうなるかというと、鼓みたいな形になるんですね。だから、サグラダ・ファミリアの多くの窓は全部鼓みたいな形になってる。四角い窓だと、窓を開けると構造的にものすごく弱くなる。だけど、鼓のようにすれば、逆に構造が強くなるんです。光も入ってね。ガウディの知恵というのは、人間が脳から出そうとする全ての大きな間違いを、最初から知っていたということなんです。構造は引力に答えを出させ、窓のデザインは光に答えを出させ、煙突のデザインは風に答えを求めよう。答えを知っているもののことを「神」と呼んでもいいけれど、「自然」なんですよね。自然に問う知恵が人間にはない。いろんなこと知ってるおバカさんっていっぱいいるでしょ?
昔の農業やってた人にしても、職人にしても、大学なんて出てなくても知恵はありますからね。明日雨降るぞ、とか。そういう、誰に問えばいいのかを知ることが、人間にできる最大の知恵なんじゃないかな。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 なぜ、ガウディはそれを知ってたのかな? 天才というイメージは後から人がつけたわけで。

外尾 そこでしょう。ガウディが天才とすればね、彼の周りには我々が知らない知恵者がいたんです。おじいちゃん、お父さん・・・・そして、何よりガウディにはそれを吸収する力が優れていた。観察眼があって。「現代」という時代が一番人間を不安に落とし込むんです。何か方向が違うんじゃないかと思ってる人はいるんだけど、どの方向にいったらいいのかわからない。見失ってる。ガウディという人は、それをちゃんと見つけられた人。それはなぜかというと、自然の観察眼を持っていたから。今、何が間違ってるかというと、人間は会社でもそうだけど、クリエイティブな若者を探しているでしょ。まず、そこが間違い。クリエイティブな人間なんていないんだから。現実を観れる若者が必要。観察する力があるかどうか。現実に目を背けずに観れるかどうか。観察すれば発見があるわけだから。それだけで、社員としては十分です。発見したものをどう解決するか。もし何かを発見したら、それを生かす能力を持ってる人に渡せばいいんだから。人間にできることは、真剣に観察すること。だから、子供の真剣な観察力には誰も敵わないんです。観察できる大人がいなくなってる。みんな大人になったと思っているけど、今人間はどんな動物、どんな植物よりか弱いものになろうとしてますよ。
 

「アントニオ・ガウディという天才」外尾悦郎氏との対話。

 
 ガウディはその子供の眼力というものをずっと持ち続けたということですね。

外尾 それは一人ぼっちで過ごさざるを得なかった時に身につけたことなんでしょうね。

 今ままで知らなかったガウディが私の中で屹立してきました。目に浮かぶようです。


Photography by Takeshi Miyamoto / ©Sagrada Familia

posted by 辻 仁成