JINSEI STORIES

滞仏日記「4月4日のパリ桜、別れの物語」 Posted on 2019/04/05 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、N子から「日本に一時帰国することになった。お別れが言いたいから、朝早いけど、ちょっと出てきて」と連絡があり、6区、ボンマルシェの近くの公園で朝の9時半に待ち合わせた。僕はちょうどランニングのコースだったので、そういう恰好で出かけた。古い付き合いなので、かっこつけなくてもいい人なのだ。公園に到着するとすでにN子は待っていた。
「走ってるの?」
「還暦ライブがあるので、鍛えてる」
「還暦、似合わない」
僕らは笑いながらベンチに腰を下ろした。
「やっぱりだめだったのよ。ちょっと日本に帰ることになった」
「子供たちは?」
「一人で帰る」
フランスで離婚をする場合、日本とは異なり、双方に親権が残る。
「でも、今は仕事がないからアパートも借りれないし、いったん、日本に帰って、両親と相談をして、もう一度出直すつもり」
「君が日本に子供たちを連れて帰ることはできなかったの?」
「子供たちは日本語喋れないし、日本には行きたくないの。高校生だし、今から学校変えられないでしょ? 友達の傍にいたいの、わかるでしょ?でも、次の夏休み、子供たちは日本に来る」
「もう、高校生か、早いね。で、君はいつ戻って来るの?」
「出来る限りすぐに。あと、もしよければステファンの相談相手になってあげて。彼とは喧嘩したけど、嫌いにはなれないの。また昔みたいに仲良くなりたいから」
「わかった。大丈夫だよ」
見上げると、僕らの上に桜が咲いていた。
「これ、桜じゃない?」
「ほんとだ。八重桜だと思う。白い八重桜って珍しいわね」
 

滞仏日記「4月4日のパリ桜、別れの物語」

滞仏日記「4月4日のパリ桜、別れの物語」

昔、N子さんとはパリ郊外のソー公園でたまたま知り合いになった。ここはパリ在住の日本人にとっては花見の名所として有名な公園だ。近くで宴会をしていた集団の中にN子の一家がいた。日本から出てきたばっかりだった僕にとってN子はフランスで最初の日本人の友達となった。
「辻さん、この間のツイート、グッときました」
「どれ? どのツイート?」
「サヨナライツカという小説のタイトルのこと。イツカサヨナラにしなかった理由について・・・」
「イツカサヨナラじゃ寂しすぎるから、僕はサヨナライツカにしたんだよ。さよならを持って生きる人間の強さを描きたかった」
「ありがとう」
僕らは暫くの間、桜を一緒に見上げた。それは見事なパリの桜であった。ソー公園の八重桜はだいたいピンク色だった。でも、この桜は真っ白なのだ。
「一日も早く戻っておいで。待ってるよ」
「うん、ありがとう。あの子たち大学受験もあるし、頑張る」
30分ほど彼女とよもやま話をしてから、別れを告げて僕は再び走ることになる。振り返るとN子が桜の木の下で手を振っていた。まるでその桜と重なるような凛々しい佇まいであった。 
 

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