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滞仏日記「Go Toトラベルキャンペーンへの不安」 Posted on 2020/07/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、東京の感染者が連日200人を超えている。この最中、22日から「Go to トラベルキャンペーン」なるものが始まるようだけど、落ち込んでいる観光業に再び国民の気持ちを向けるのはとてもいい企画だと思う。しかし、問題はそれが今かどうかということだ。観光客を取り戻さないと死活問題になる観光地にとって、喉から手が出るほど観光客を戻したい、というのは本当によくわかる。でも、その中に感染者が、とくに無症状の感染者が紛れている確率は残念ながら高い。しかも、観光地でクラスターが発生する確率は0ではないし、十分起こり得る状況であろう。クラスターが起きたら、観光地は逆効果になるのじゃないか、という心配は、杞憂だろうか? なった場合、誰が責任をとるのか、ということも気になる。



フランスはロックダウン中、移動は1キロ以内だったが、5月11日以降、国民は100キロ以内での移動が許可された。そして、6月2日にはその移動制限もなくなり、国内は自由に移動できるようになった。現在は日本と同じで経済を優先させるために、EU圏内の旅行までもが認められるようになった。その結果、クラスターが各地で起こるようになる。5月9日以降、6月25日までのクラスター発生件数がフランス国内で252件に上っている。ロックダウン解除間際に減じていた感染者数も最近では1000人を超えはじめ有識者の間では第2波が指摘されつつある。とくにレンヌとル・マンの間にあるマイエンヌ県は人口が30万人なのに、2週間の間に、54人だった感染者が109人に、そのあと、109人が219人に増加した。クラスターが6件出ている。今、フランスでもっとも感染拡大地域になっている。マイエンヌは、この日記でも同じみワイン屋のエルベの故郷で、母親が一人暮らしをしている。
「ツジ、マイエンヌなんて、何にもない街でさ、真昼間は誰一人歩いてないような、ド田舎なんだよ。コロナなんか全然関係ない土地だった。なのに、ロックダウン解除後に、こんなことになった。俺に言わせると、マイエンヌは今回、コロナ第1波なんだよ」
「ということは誰かがパリから持ち込んだんだな。お母さんに会いに行ったパリのワイン業者とかが持ち込んだ可能性はないか?」
「おいおいおい、変なこと言うな、俺じゃない」
「わかんないだろ、そうやって、感染は拡大するんだ。前回、君が故郷に戻った時、君はウイルス保有者だったかもしれない」
「ありえない。ぴんぴんしてた」
「無症状だったかもしれない」
「う、…。そりゃあ、分からないけど、でも、いや、確かにな、ウイルスはどこから紛れ込んだんだろう。今は介護施設とか、病院でクラスターが出ている。心配なんだ」



マイエンヌでは2週間で4倍の感染者数になったので、マイエンヌの自治体はまず、革命記念日など全てのイベントを中止にした。マイエンヌだけロックダウンをしようという意見もあるが、フランス政府はとりあえず、マイエンヌの県民30万人全員にPCR検査をやり始めた。これで、県内の感染者を全て割り出し、感染者周辺を次々に隔離していく方法に出ている。

経済を優先させたいのはフランスも日本もどちらも一緒で、その通り、ぼくは大事なことだと思う。けれども、東京だけでも4日連続で200人を超える感染者が出ているというのはちょっと普通とは思えない。もう少し、様子を見てもいいのかもしれない。感染者数が増えたのは検査を増やしたからだ、という意見もあるけれど、増やして200人増えたということは、裏返せば、もっといるという証拠でもある。実はパリの陽性率は1,3%で、東京の陽性率は5,9%なのだ。ちなみにマイエンヌは1,2%である。(陽性率5%を超えるとフランスでは要注意となる)ただし、死者がその割に多くないので、安心材料でもあるけれど、新型ウイルスは変異しており、アメリカで流行しているGH型のような強いのが入って来た場合が怖い。もう入っているかもしれない。今日、成田空港で20人の感染者が発見されている。不安を煽りたくはないが、感染症という未知の病気を過去に経験した人間はいないので、実は何が最善策か、なんて誰にも分からないのが現状である。政府はより慎重に経済救済と人命救済を考えないとならない難しい局面に立たされている。

ぼくは感染していないが、今は日本に行かない。無症状かもしれないからだ。どの段階で感染をするかわからないので、媒介者になりたくはない。ミラノで感染爆発が起きた時、ミラノから来る人間には会いたくなかった。ぼくは先月、ノルマンディ旅行をしたが、ノルマンディの人たちは生活のためにパリジャンを拒否しないが、相当に恐れていた。自分がノルマンディ人であったら、パリから来る人を怖がるだろう。パリで暮らしている限り、周囲に感染した者がいないので大丈夫だと思い込みがちだが、こればかりはわからない。逆に、東京の人が自分は大丈夫だと思っても、無症状である場合、知らず知らずにウイルスを運んでいる可能性もある。持病のある人に知らず知らずのうちにうつしていくことも考えられる。新型コロナはそういう恐ろしい性質を持っている。無傷だったマイエンヌが今、フランスの人々に注目されているのは、そこへ誰かがウイルスを持ち込んだからだ。観光地に活気を取り戻したいという気持ちは痛いほどにわかる。しかし、「コロナウイルスGo To トラベルキャンペーン」にならないか、という心配もその一方である。

滞仏日記「Go Toトラベルキャンペーンへの不安」

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