JINSEI STORIES
ノルマンディ日記「美容院に行かないから、三四郎の髪の毛が落ち武者みたいになった」 Posted on 2023/03/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、三四郎を連れて歩いていると、最近、すれ違う人たちになぜか笑われることが多くなった。はてな?
おかしいなぁ、と思っていたのだが、犬カフェのマスターに、
「それは、その、言いにくいんだけれど、二人が同じ髪型だからかもね。ハンコみたいになっているから微笑みを誘われるんだと思うなぁ」
と指摘されてしまった。
慌てて、三四郎を抱き上げて鏡に映してみたところ、おおお、マジで、ロン毛落ち武者二人組になっているではあーりませんかぁ。
父ちゃんももうずっと髪の毛をカットしていないし、三四郎にいたっては、生まれてこの方、16か月、一度もトリマーさんに連れて行ってないことに気が付いてしまったのであった。
落ち武者のような二人(落ち武者ブラザーズだ)、それは、笑われて当然であーる。
父ちゃんもなんとかしないとならないのだけれど、まずは、さんちゃんを犬の美容院に連れて行くことにした。
ネットで調べ、この周辺で一番点数の高いトリマー(仏語でトワレッタージュ)専門店に予約をいれたのである。
「ええと、ここははじめてですか?」
「ええ、はじめてです」
「もしかして、トリマー経験は?」
「ありません」
「なるほど。わかりました」
店の奥が美容室になっていて、鎖をつけられたワンちゃんが送風機で濡れた髪を乾かしていた。おお、ああなるのかぁ、三四郎、大丈夫かなぁ。
「今日は、どうされますか?」
「とりあえず、毛先を揃えてもらって、シャンプーをお願いしたいんですけど」
よく知らないが、自分がいつも美容院で言うようなことを、言ってみた。
「わかりました」
「どのくらいかかりますか?」
「ミニチュアダックスフントは一時間半みてください」
ということでさんちゃんを預けないとならない。
トリマーさんは若いお姉さんであった。
三四郎、最初は怖がっていたけれど、そもそも若いお姉さん好きなので、なんとなく、ぼくの手を離れてくれたのである。あはは、誰に似たのかな。
「すいません。ここにいると、この子、気が散ります。さっといなくなってもらえますか?」
あ、なるほど、そういうものなんだね。
「わかりました」
ぼくは三四郎を振り向かず、店を飛び出したのである。
店の外からこっそり中を覗くと、お姉さんが三四郎を台の上に載せて、作業を開始していた。不安そうな顔の三四郎、ま、何事も経験なのである。
ぼくはその時間を利用して、隣町のチャールズの家へと向かった。韓国味噌20キロ、キムチ2キロ、海苔10セット買ってくるように頼まれていたのだ。(詳しくは先の日記に譲る)
彼らはミシュランの星を維持したので、ストラスブールまで表彰されに行ってたのである。ノルマンディから8時間ほどかけて戻って来たところであった。
「ひとなり、家にあがってよ。アペリティフでもしよう」
と誘われたが、車だったし、三四郎のことが気になってしょうがなかったので、上がらず、物だけ渡して帰ることに・・・。(領収書と現金を交換…)
「韓国(テンジャン)味噌を料理に使ってるんだよね? 来週、戻って来る予定だから、食べに行ってもいい?」
「もちろん、大歓迎だよ」
ジャン・フランソワをチャールズに紹介しようと思っている。友だちの輪は大切。
奥さんがお土産に、ストラスブール名物のプレッツエルをくれた。でかい!!!
これとビールが最高なのである。
少し二人と立ち話をして、再び、隣町のトリマー屋さんまで戻った父ちゃんであった。
戻ると、ちょうど、三四郎のカットとシャンプーが終わって、髪の毛を乾かしているところであった。
台の上に三四郎が立たされ、下から暖かい風が吹きあがる仕組みであった。
三四郎はぼくを見つけるなり、泣きそうな顔で、尻尾をふりだした。
相当に、心細い思いをしたようで、半泣きの声で、ふんふんふん、と訴えている。あはは。
でも、見違えるように男前になっているではないか。
「落ち武者じゃないね」
「わん!」
ぼくは三四郎を抱きしめてやった。
その店の犬たちが三四郎にお別れを言いに集まって来た。短い時間だったが、友だちが出来たようである。
「また来ますね」
「あ、じゃあ、これをプレゼントします」
お店の人が三四郎にお菓子をくれた。みんな優しい、いいトワレッタージュであった。
値段は45€だった。
十斗の散髪代よりも高かった! ま、仕方ないか。
プードルじゃないんだし、年に何回もやる必要はない・・・。
次は、秋くらいに。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
髪が短くなってかっこよくなった三四郎、もう、落ち武者とか言わせません。笑。
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