ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「嘘と人間」 Posted on 2026/02/27 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
今日、知り合いのIさんから、頑張れ、応援しています、と連絡があり、なんのことだろうと思ったら、校長就任について、でした。滅多に連絡をくださらない方なので、ちょっと嬉しかったです。
ということで、急に校長になったのでさらに慌ただしくなりましたが、暮らしに大きな変化はありません。時間配分を決め、丁寧に生きています。校長の経験は初めてなので、張り合いもあり、多少忙しくても、逆に、勢いが出てむしろ創作もいい感じで進んでおります。ご安心ください。
今日は、運営スタッフさんらとZOOM会議をやり、ぼくが受け持つ講座(クラス会?)について日程も決定いたしました。まもなく、HPに反映されると思います。
そんな日々ですが、辻村相談窓口にも、たくさんのご相談が届いております。
さっそく、開店いたします。

匿名希望さん
「辻村相談窓口ご担当様
はじめまして。匿名希望です。人生、孤独と命題が続きますが。嘘はなぜここまで人を傷つけるのでしょうか?なぜ人は嘘をつくのでしょう?私は四国八十八箇所のお寺のお坊さんが経営する幼稚園を卒園しました、45年前に。年長のとき、お寺にあった地獄絵図を見せられ、嘘は駄目だと教えられました。それが私の原点なんですが」

辻村相談窓口、「嘘と人間」



おこたえしまーす。

嘘はなぜここまで人を傷つけるのでしょうか?なぜ人は嘘をつくのでしょう?、という問いかけですが、人を信じるから嘘をつかれたことで傷つくんですよね。あなたが優しい人だから、まじめな人こそ騙され傷つきやすいのかな、と思います。じゃあ、人を最初から疑ってかかればいいじゃん、というと、そうもいきません。みんなを疑っていたら、人間としての幸福を得ることが出来なくなるでしょう。じゃあ、嘘とは何か、一度、いい機会ですから、一緒に考えてみましょう。人間がなぜ、嘘をつくのでしょう?思うに、嘘、と一言で言っても、数限りない嘘がありますよね。仕方なくつくたわいもない嘘もあります。そうしておいた方が、穏便にこの世界を維持できると判断した場合、人間は、何気なく、流れを整えるために、口裏を合わせるため、嘘をつきます。簡単に言うと「大丈夫、ぼくは元気だよ」みたいな・・・。バランスを保つための嘘です。本当は忙しくて死にそうなんだけれど、相手を気遣っての嘘です。見栄もあるかもしれません。いらぬ衝突を避けるためにつく嘘もあります。相手を守るための嘘もあるでしょうね。そう言っておいた方が、今はあいつにとってはいいんだ、と思う時、ぼくも嘘をつきます。仕方ない嘘もある。

でも、ほとんどの嘘は、嘘をつく人間が、罰を受けないように、利益を得るために、高い評価を得るため、失敗を隠すために、注目を得るため、自分に好意を集めるためとかに利用され捏造されてつくものです。夫が妻に隠れて浮気をして、それがばれないように嘘をつく、というようなことで、ぼくの小説ではよく小道具的に登場します。人間の弱さや愚かさを表現するのにこの「嘘」ほど便利な仕掛けはないんです。ぼくは小説内で、とことん人を傷つける人間の嘘をまるで悪魔が乗り移ったように書いたりします。読者は、それを読んで「恐ろしい」と思うわけです。人間の心理の脆弱性を描くことで、人間ドラマの根本に柱を生み出します。この「嘘」という小道具は非常に便利です。小説「嫉妬の香り」の冒頭で、4人の男女の視線から物語が始まるのですが、嘘をみんなついています。その嘘を視線で表現しました。どうやってこういう作品を描くのか、といいますと、自分が騙された時の経験がとっても役に立ちます。嘘をつく人間が嘘をつくとは思っていなかったので、その衝撃に驚き、ぼくの作家としての仕事に大きく貢献することになります。なぜ、あの人は嘘をついたのか、と想像をしながら、そこに至る精神状態や状況を分析したりします。そもそも、ほとんどの小説はすべて嘘でなりたっているので、かくいうぼくは世界で一番たちの悪い人間の中に名を連ねていることになります。その嘘で、賞をとったり、本を売ったりしているわけですから、嘘つきにもほどがあります。ある意味、ぼくは嘘の研究者ということも出来るでしょう。作家は、嘘、を物語に必ず利用します。それは人間の光と影を表現する最も有効な小道具だからです。でも、小説を書いていて一つ思うのは、嘘でかためられたこれらの作品なのに、こんなに暗くこんなに残酷なのに、読者のカタルシスに訴えかけることが出来ることの不思議です。嘘を天から眺め、人間のその根本を許そうと思う気持ちが小説家にはあるように思います。その嘘が、地獄しか描けないものだとしたら、その小説は読まれないでしょう。地獄のような現実の中にありながら、けれども、出口に光が見えるものであれば、残酷な物語であっても、読者の心を救うこともある。嘘つきの作家が偉そうなことは言えませんが、嘘=人間、だからだと思います。

たとえば最新刊「泡」にも書かせてもらいましたが、人間というのは、自分に対しても嘘をつくことがあるんですよ。ありませんか? 都合よく過去を改ざんしたりします。自分にとっては嘘じゃない、という風に話をすり替える人って、多いですよね。この人達に共通しているのは、嘘をついているという悪意が欠損しているんです。都合よく現実を歪める嘘をついているわけです。思い込み、ということでもいいんですが、自分はやってない、と本気で言い出す人たち、一番手ごわいですね。悪意のない巨大な嘘、というものにはなかなか太刀打ちできません。相手は自分は正義だと思っているので、それは戦争になるレベルの醜い争いをもたらします。自分を守るために記憶さえも改ざんして、でたらめを言って来る人がなんと多いことか、と思いませんか。こういうのは、小説に書くのが難しいですが、手ごわいからこそ、書く意味を覚えます。多くの人がこの手の嘘つきのせいで、苦しんでいるのがこの世というものです。そして、ぼくのような小説家は、そこを利用して、人間を驚かせる物語を書いていきます。人間がどこまでもずるいから、作家は楽しいです。でも、ぼくは嘘の研究者としていいますが、自分はあんまり嘘はつきません。小説以外では・・・。嘘じゃありません、ほんとうですよ。笑。たぶん、嘘はバレるものだということ、弱い人間の自己欺瞞の道具であることを知っているからだと思います」

辻村相談窓口、「嘘と人間」

はい、そんな嘘つきの権化である父ちゃんからのお知らせです。

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