PANORAMA STORIES

London Music Life 「サラリーマン、50歳からのDJ修行 in London」 Posted on 2026/06/27 鈴木 みか 会社員 ロンドン

 
昨年、50歳を前にしてDJスクールに通い始めた。ロンドンのカムデンタウンにあるDJ専門学校「London Sound Academy」である。

初めて学校のドアを開けるときは緊張した。「こんなオバサンが来て大丈夫なのだろうか」と不安だったが、先生は温かく迎えてくれ、その後一年かけて、プロのDJを想定した最上位コースまで修了することができた。
 

London Music Life 「サラリーマン、50歳からのDJ修行 in London」



 
振り返れば、音楽がずっと好きだった。学生時代はPAをやり、コミュニティFMでパーソナリティをし、最初の仕事は音響エンジニアだった。その後は別の仕事に就いたが、音楽とのつながりは途切れなかった。

50歳を前にして「本当にやりたいことは何だろう」と考えたとき、自分がずっと好きだったこと、これまで積み重ねてきたことが、DJというところでぴたりとハマる気がした。この歳で新しいことを始めるのは、新鮮でもあり、大きな挑戦だ。これまで会社の看板のもとで仕事をしてきたが、無名のDJ Mika(dj.mika.london)として活動を始め、自分で演奏の場を探すのはまったく別の世界だった。

DJを始めて驚いたことのひとつは、日本の音楽が思った以上に海外で愛されていることだった。ロンドンのアニメイベントでは、日本人がほとんどいない会場で、イギリス各地やヨーロッパから来た若者たちが日本語の歌を口ずさみ、踊り、盛り上がる。
YOASOBIの「アイドル」を流した瞬間、コスプレの女の子が前に出てきて、ダンスを披露したり、「残酷な天使のテーゼ」では大合唱になったりする。
アニメソングだけでなく、シティ・ポップや昭和歌謡も人気だ。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」や松田聖子の「青い珊瑚礁」で気持ちよさそうに踊る人もいる。自分の思い出もたくさん詰まっている音楽で、今度は遠いロンドンで誰かを笑顔にできるのが嬉しかった。日本やアジアから来ている人たちも「まさか、ここでこの曲を聴けるなんて思わなかった」と声をかけてくれる。
 

London Music Life 「サラリーマン、50歳からのDJ修行 in London」

 
そして、改めて感じたのは人とのつながりのありがたさだった。
DJスクールの恩師を紹介してくれたのは、以前の記事で紹介した三味線奏者の一川響さんだ。最初のライブの機会をくれたのは、日英交流イベントを運営する友人だった。プロフィール写真は、日本音楽が大好きなイタリア人フォトグラファーが撮影してくれた。会社の同僚がマンチェスターのイベントに紹介してくれ、別の友人カップルは地元のバーにつないでくれた。以前ロンドンを訪れた際にPAでサポートしたミュージシャンとの縁から、日本で初めて演奏する機会もいただいた。

DJを始めてからできた縁もあるが、それ以上に、昔から続いてきた縁に助けられている。SNSのフォロワーが少ないと厳しい時代だ。「で、フォロワー何人?」と一蹴され落ち込んだこともある。それでも、「今度こんなイベントがあるけど出てみる?」と声をかけてくれる友人たちがいた。
 

London Music Life 「サラリーマン、50歳からのDJ修行 in London」

 
通っているスクールも、人とのつながりを大切にしている。有名クラブでの演奏機会をサポートしてくれ、誰かが曲をリリースすれば皆で応援する。毎月ネットワーキングイベントも開かれ、卒業生どうしで自然に応援し合う空気がある。DJの技術だけなら、今はYouTubeでも学べるかもしれない。それでもスクールに通ってよかったと思うのは、インターネットでは得られないつながりができたことだ。

会社では、後進を育てながら次の世代へバトンを渡していく年代になった。けれどDJの世界では、私はまだやっと二年生である。この一年で、たくさんの新しい出会いがあった。本業だけではきっと出会えなかった人たちだ。やっぱり音楽が作るつながりはいいな、と思う。

これからもイギリスで日本の音楽を紹介したり、みんなが笑顔になれる場を作ったりしていきたい。いつかイギリスのケアホームなどで懐かしい音楽をかけ、お年寄りが若い頃の思い出とともに踊れるような場を作るのも夢のひとつだ。

50歳からのDJ修行は、思った以上に楽しい。
 

自分流×帝京大学



Posted by 鈴木 みか

鈴木 みか

▷記事一覧

会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。