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パリ・カルチャー情報「抗議デモが暴動に変わった日、フランスの日常はどう壊されたのか」 Posted on 2026/10/19 Design Stories
2026年10月17日(土)にフランス各地で起こった抗議行動。現地フランスでは、「これまで見たことのないレベルの暴力行為があった」と報道されている。
事の発端は9月下旬から始まった、高校生たちによる「教育環境への不満」だった。それが次第に学生以外にも広がり、生活費の高騰などを訴える全国的なデモへと発展。17日にはその一部が暴動を起こし、略奪や放火、公共施設への攻撃へとつながった。
ただフランスでは、デモに参加した一般の人々と、暴力や略奪に加わった人々を区別して考える必要がある、と言われている。

この日デモに参加したのは、内務省側の発表で約55万人(主催者側の発表では約80万人)。また、パリにおける逮捕者数は過去最多だったようで、10月19日付『ル・パリジャン』の速報では、フランス全土で2,397人、パリだけで855人が逮捕されたという。
では、具体的に何が起きていたのか。
10月17日(土)昼、パリではレピュブリック広場を含む複数の地域で抗議行動が行われ、全国各地でもデモが広がった。学生・高校生、労働組合、黄色いベスト運動の活動家などまったく異なる背景を持つ人々が集まり、生活費の高騰や年金・賃金問題、学校の教育環境などを主に訴えていた。
ところが、午後には警察との衝突が激化する。周辺では、デモに紛れて大規模な暴動や略奪行為も発生。パリでは大統領府のあるエリゼ宮へ接近したグループもいて、ル・パリジャン紙はその雰囲気を「ほとんど反乱状態だった」と表現している。
そのため、高級ブティックが立ち並ぶ近隣のサントノーレ通りでは、略奪・破壊の被害がとくに酷かった。公共のものを壊すばかりか、まったく関係のないブティック・カフェ・美容室までもが破壊の対象になったのだ。
暴動がここまでの規模に発展したのは、SNS、とくにTikTokが前例のない「加速要因」になったのではないか、という見方もある。少人数規模のグループがパリ市内の多方面に広がったため、警察も全体像を把握できなかった、と一部では言われている。

実際、翌日18日にパリを訪れたところ、バスティーユ広場近くなどは非常に荒れており、目も当てられないほどゴミが散乱し、落書きや放火の跡が目立っていた。しかしパリ市はこれに対して、約1,000人の清掃職員をすぐさま動員している。また今回は多くの地域住民が、自発的に清掃に加わっていたことも印象的だった。
確かに、こうした破壊行為は過去の黄色いベスト運動、年金改革のデモでもあったが、ここまでの規模ではなかったと記憶している。そのためか、今回は多くのフランス国民が暴力行為に憤りを感じている印象だ。
デモに参加することを「彼らにも怒る権利がある」「声を上げるのは普通のこと」とする一方で、「暴力行為と平和的なデモ活動のあいだに明確な線を引かなければならない」という考え方が目立つ。
ただ、こうした線引きそのものが、フランス社会の分断をさらに深めるのではないかとの懸念もある。物理的な傷だけでなく、人々のあいだに生まれた新たな溝もまた、今回の暴動が示すものではないだろうか。
10月17日の暴動でとりわけショックだったのは、フランス中部の街リモージュの市庁舎が放火により一部焼失してしまったことだ。この火災は午後6時頃、暴徒集団が建物に押し入り放火したことが原因だったという。
2度の世界大戦を生き延び、歴史的建造物にも指定された市庁舎。これについて、リモージュ市は次のように述べている。
「デモを行うことは権利であり、怒りの声は聞き届けられるべきです。しかし、どのような意見の相違や要求があろうとも、公共財産の破壊、市庁舎への放火、市民のために日々働く人々に対する殺害予告を正当化することはできません」

https://x.com/VilleLimoges87/status/2111624568926343254?s=12
※Ville de Limoges 公式X
10月19日(月)正午頃には、抗議活動の“第2幕”が、10月24日、31日、11月5日に予定されているとの報道があった。フランス全土が混乱しているわけではないとはいえ、事態が収束に向かう兆しは依然として見えていない。今後の動きにさらに注目していきたい。(大)


