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パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」 Posted on 2025/09/12 Design Stories  

 
本日はパリの隠れた名美術館、「ジャン=ジャック・エンネル美術館」についてご紹介したい。
この美術館、実はパリ市民にもあまり知られていない。19世紀に活躍したフランス人画家、ジャン=ジャック・エンネル(1829〜1905)の邸宅をそのまま美術館にした場所で、凱旋門からもほど近く、地下鉄のアクセスが便利なところにある。
それでいて混雑はまったくなし。静かに作品と向き合える、アート好きのための穴場スポットだ。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

※アパルトマンが丸ごと美術館になったジャン=ジャック・エンネル美術館

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

※内装はシックな雰囲気



 
19世紀末といえば、モネやルノワールといった印象派の画家たちが新しい表現法を切りひらいた時代。ところがその裏で、ジャン=ジャック・エンネルは、フランス美術界の伝統を重んじる“アカデミー画家”として活躍していた。1858年には有望な芸術家に与えられる「ローマ賞」も受賞し、イタリアでルネサンス絵画を学んでいる。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

 
ということで、ジャン=ジャック・エンネルの作品は、写実的かつ端正。言い換えれば「格式高い王道スタイル」で、人物画・神話画・歴史画などを描いていたという。
美術界が“革新”に揺れ動いていた19世紀後半だったが、エンネルはあえて伝統に立ち返ることで、人の内面を深く描こうとしたそうだ。
 



パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

 
館内は広すぎず、狭すぎずといった程よいサイズ感。まずは最上階の3階から、エレベーターで上がってスタートする。
壁一面にびっしりと並べられた作品に息を呑むような思いだが、さらに驚かされたのは、サロンに展示されている肖像画の多さだった。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

 
もちろん、美術館に肖像画はつきものだ。しかしジャン=ジャック・エンネル美術館のそれは、桁違いと言えるほど数が多い。
19世紀後半のフランスでは、裕福なブルジョワジーが肖像画を多く注文していたと聞く。エンネルもまた、肖像画で生計を立てていたという記録が残っている。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」



 
19世紀後半は写真が広まり始めた時代でもあった。それでも彼の肖像画は、「ただの写し」ではなく「今の自分と同じ人間」として迫ってくる。
こうした表現力が人々を惹きつけ、当時は口コミでその評判が広がったのだろう。依頼主の“社会的な顔”と、エンネルが描く“個人の内面”の対比に、思わず見とれてしまう。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

※エンネルの銅像(左)と、『サロメ』を主題にした大きな下絵(右)

 
エンネルは、パリのサロンでたびたび入選し、のちに芸術アカデミーの会員にも選ばれている。レジオンドヌール勲章も授与され、その評価は確かなものだった。
実は19世紀当時、もっとも支持を集めていたのはエンネルのようなアカデミー派の画家だったという。サロンで評価され、フランス国家から勲章も授けられる彼らこそが“正統派”のスターだった。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

※1階の吹き抜け部分では、コンサートなどのイベントも開催されるそう



 
ところが今日で親しまれているのは、当時はまだ新しかった印象派の作品たち。逆にジャン=ジャック・エンネルの名前は、現代ではほとんど知られていない。
そんな時代の「逆転現象」に出会えるのが、この美術館の大きな魅力かもしれない。19世紀後半に「巨匠」と呼ばれた画家がどのような筆運びをしていたのか、印象派と比較してみるのもおもしろい。そして館内には、エンネルが好んで描いた宗教的なテーマ・象徴的なモチーフも数多く残されている。
 

パリ・アート情報「忘れられた巨匠画家に出会う、ジャン=ジャック・エンネル美術館」

 
さらに、ジャン=ジャック・エンネルは19世紀後半、女性アーティストの育成に早くから力を入れていた(女性が美術教育を受けるチャンスが極端に少なかった時代だった)。
彼のもとで学んだ女性の生徒は、およそ150人。中にはプロとして活躍が認められた女性がいたことも分かっている。

こうした背景もあり、現在のジャン=ジャック・エンネル美術館では、女性アーティストに光をあてた企画展・イベントも数多く行われている。激動の19世紀を生きたスター画家の足跡をたどれる、隠れ家のような美術館だ。
そのシックな内装も相まって、パリでの美術体験にひと味違う深みを与えてくれる。(チ)

【ジャン=ジャック・エンネル美術館(Musée Jean-Jacques Henner)】

所在地:43, avenue de Villiers 75017 Paris
公式ホームページ:https://musee-henner.fr/agenda/evenement/elles-les-eleves-de-jean-jacques-henner
最寄り駅 : メトロ3番線、Malesherbes駅
開館時間:月、水~日:11:00~18:00、火曜日休館
入館料:8ユーロ
 

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