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パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」 Posted on 2025/12/23 Design Stories  

 
パリの街は、綺麗。そう感じる理由の一つに、景観の「統一感」があると思う。建物の持ち主はそれぞれ違うのに、街の表情がちぐはぐになっていない。こうして見ていると、窓辺に取りつけられた鉄の柵でさえ、統一感の一部だということに気づく。
 

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」



 
フランスの建物にある鉄柵は、決して主役というわけではないが、実はとても大切な役割を担っているそうだ。フランス語では「Garde-corps」と呼ばれていて、「身体を守るもの」という意味を持つ。その名の通り、もとは安全のための実用的な構造物だ。フランス国内では、高さ1メートル以上の窓とバルコニーには、Garde-corpsを設置することが義務づけられている。
 

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」

※色にも統一感がある

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」



 
そんな決まりがある中で、Garde-corpsには小さな遊び心が隠されている。たとえば、Garde-corpsには一つとして同じデザインがない。まっすぐで実直なタイプもあれば、葡萄のツタのようにくるりと曲線を描くものもある。鉄製なのに目にはやわらかで、武骨さを感じさせないところも興味深い。
 

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」

※中世のGarde-corpsは、石の柱でできていた。現在のデザインは19世紀のパリ改造から

 
19世紀には、バルコニーの手すりがただの安全装置でなく、れっきとした芸術になる。Garde-corpsがアートの領域に踏みこむようになったのは、この頃からだった。というのも、当時の人々にとってはバルコニーが社交の場であり、特権的な場所だったから。
「美しいデザイン=格式の高さ」。鉄職人たちはその期待に応えるように、細やかで独創的なデザインを次々と生み出していった。
 

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」

 
Garde-corpsのデザインで多いのは、花や植物(ツタ)、葡萄、オリーブの葉、百合(フランスの伝統的な象徴)といったモチーフ。まるく流れるような曲線を描きながら、左右対称できっちり整っているところが本当にフランスらしい。ちなみに葡萄は繁栄を、オリーブの葉は安定を表していて、長く続く暮らしへの願いが託されているという。

また、建物の2階部分(日本でいう3階)のGarde-corpsが一番華やかなわけは、当時、まだ2階建てが一般的だったため。バルコニーは最上階にしか設けられず、そこがもっとも格式が高いと考えられていた。
 



パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」

※フランス文化省の建物

 
パリ中心部に行くと、ゴールドカラーの立派なGarde-corpsに出会うこともある。官庁・大使館といった、公共の建築物にあるものだ。これにはもちろん、建物の威厳・ステータスが表れている。

一方で、住宅のGarde-corpsはもっと親しみやすい。植木鉢が置かれていたり、猫が顔を覗かせていたり、クリスマスのイルミネーションが点灯していたり。小さな空間だが、人々のあたたかい暮らしがそこに見えてくるようで嬉しくなる。
 

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」

※階ごとにデザインが違っても、不思議と統一感がある

 
こうしたGarde-corpsの多くは、新築時にあわせて設置される。ただ、建物が別の人の手に渡り、リフォームを行うタイミングで、デザインを変えたり新しいものに付け替えたりすることもできる。

なおフランスの鉄工所では、今でもGarde-corpsのオーダーメイド制作が行われている。現代ではアール・ヌーボーよりも少しスッキリとしたデザインが好まれているというが、オーダーメイドで反映されるのは、なにも個人の好みだけではないそうだ。アパルトマン(一軒家)との相性や、ご近所との調和、景観への配慮と、総合的に判断されるのだという。素材は鉄のほかにも、アルミニウム、ステンレスなどがある。
 

パリ・アート情報「パリ、アパルトマン窓辺のちいさなアート、Garde-corps」

※オーダーメイド以外にも、既製品のGarde-corpsがインターネット上で販売されている

 
パリの建物は、こうして規則正しい。景観を損ねまいとする強い思いを感じる。しかし気づくのは、鉄柵の曲線だけが少し遊んでいるという素敵な光景。パリの統一感は、こうした「脇役」の積み重ねによってもつくられているのではないだろうか。(チ)
 

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