欧州アート情報
パリ・アート情報「ポスターで旅するベル・エポックのパリ。オルセー美術館の企画展より」 Posted on 2025/07/01 Design Stories
印象派の殿堂、オルセー美術館では、現在とても興味深い企画展が開かれている。
タイトルは、「L’art est dans la rue(アートは街にある)」。19世紀末のパリを彩ったイラストポスターおよそ230点を集めたもので、ベル・エポックの街が巨大なキャンバスだった時代の「広告文化」に光を当てている。
しかも、紹介される画家はロートレックやミュシャといった巨匠たち。それらの作品が一堂に会する、これまでにないスケールの企画展として大きな注目を集めている。
19世紀末という時代は、やはり特別だったようだ。アートの世界では、モネやルノワールに代表される“印象派”が成熟期を迎え、次にセザンヌやゴッホといった“ポスト印象派”が登場している。
そしてパリ中心部は、「パリ改造(オスマン計画)」によって広場・通り・カフェ文化が大きく発展。リトグラフ技術も進化し、商業ポスターがパリの街を凌駕するようになった。
広告が単なる販促手段を超え、アートとして人々の目を楽しませる存在になったのも、ちょうどこの頃からである。
※当時のパリはイラストポスターであふれていた
※『La Rue(通り)』。黒猫のポスターで知られる、テオフィル・アレクサンドル・ステンレン作
たとえば、写真の『La Rue(通り)』は、ステンレンが印刷業者シャルル・ヴェルノーのために描いた広告ポスターだ。通行人の目を引くことを目的としながら、洗濯女、ブルジョワ、召使い、子どもたちなどが入り混じる多様な風景が描かれている。こうした広告は、当時のパリを映しだす鏡のような役割を果たしていたという。
※今も健在、140年もの間フランスで愛されているビスケット『LU』の販促ポスター
企画展ではこのように、ベル・エポック時代の美しいイラストがたっぷり楽しめる。飲料やお菓子の販促ポスター、キャバレーや劇場の広告など、どの作品からも当時の暮らしぶりと美意識がひしひしと伝わってくる。
フランス語がたとえ分からなくても、絵を見て「これは何を売りたいのだろう?」「どんなメッセージを伝えたいのだろう?」と想像するだけで、十分に面白い。
※ノルマンディー地方にある、リゾート地での別荘用地の広告ポスター。「パリから3時間」「10年分割払いが可能」などと書かれている
2025年現在のパリの広告と比較してみるのも、また興味深い。今回の企画展ではタバコ・アルコールといった嗜好品のポスターが多かったのだが、これは当時の流行や好みを如実に伝えていると思う。ポスターに描かれる“文字”も現在と違って、かなり目立っている。
※アルコール類の販促ポスター
※現在、バス停の広告。アルコールの広告には一定の規制が設けられている
対して現代のパリの広告は、ミニマルで、シンプルで、SNSに最適化された“視認性の高さ”を感じる。アートというより瞬発力重視だ。さらには、広告が「公共空間において主張しない」ようにも工夫されている。
手書きの広告からデジタル広告に変わっていることにも時代の流れを感じるが、やはり、どうしても当時の手描きポスターの方が美しいと感じてしまう。
※19世紀末の大女優、サラ・ベルナールを描いたミュシャの名ポスター
※ムーラン・ルージュの宣伝ポスター(右)。ロートレック作
※展覧会に関する現在の広告。デジタル広告も多いパリ
そんな「L’Art est dans la Rue」展は、イラストポスターを通して、もう一度パリという街を見つめ直す視点を与えてくれる。
当時も今も、広告は「時代の顔」なのかもしれない。流行、価値観、美的感覚などがそのままデザインに反映されている。
19世紀末は「手描きの芸術性」、21世紀は「瞬発力と拡散性」。どちらも特徴的だが、1世紀以上変わらないのは「パリの街がギャラリー」であるという事実だろうか。
※現在工事中のオペラ座。美観を保つための工事カバーにも広告が
今のパリにはさまざまな規制があるため、広告は控えめだ。街なかよりむしろ、動画コンテンツの広告を見る機会が増えている。
とはいえ現代の広告も、100年後には美術館に展示される可能性があるのではないか。そう考えると、オルセー美術館を出た後の何気ない光景が、さらに愛おしく感じられるようだった。(大)
【オルセー美術館 L’art est dans la rue展】
期間:2025年3月18日~7月6日
住所:1 Rue de la Légion d’Honneur, 75007 Paris
開館時間:火〜日曜 9:30〜18:00(木曜は21:45まで)
休館日:月曜、1月1日、5月1日、12月25日