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パリ最新情報「シャネル5番、100年の軌跡」 Posted on 2021/09/19 Design Stories  

2021年はココ・シャネルの没後50周年であり、そしてシャネル5番の誕生から100周年という記念すべき年。
パリではブランドの回顧展が開催されたり、5番の香りをまとった期間限定アイテムが発売されたりと、コロナ禍に負けじとこのアニバーサリーイヤーを祝っていた。

好みが移ろいやすい「香り」を扱いながら、ブランディングと運営手腕で100年ベストセラーを続けるシャネル5番。
私たち日本人にとって5番はなかなかに敷居の高い香水ではあるが、フランスでは2020年に最も売れた香水ベスト5にランクインしている。(ちなみに1位はDiorのジャドール)

パリ最新情報「シャネル5番、100年の軌跡」

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1921年の発表から100年もの時を経て、ここまで根強い人気を持つ香りは他にない。
別名「永遠の香り」と呼ばれるシャネル5番、実はその誕生秘話で1本の映画ができてしまうほどのドラマ性を含んだ香水なのである。

まず、ココ・シャネルには少女時代、孤児として修道院で暮らした過去がある。
シャンソンや縫製の才能に加えて、美貌も兼ね備えていた彼女は、パリの社交界でたくさんの男性と交流を持つものの、その時代には階級制度が色濃く残っていた。

身分の高い男性と恋に落ちても、愛人としてしか扱われなかったという。
しかし、もし彼女が貴族の出だったら、幸せな結婚生活を送っていたなら、シャネルブランドは存在していなかった。一種の孤独がココ・シャネルの原動力となったのである。

パリ最新情報「シャネル5番、100年の軌跡」



1919年、シャネルは最愛の人でありパトロンでもあったボーイ・カペルを交通事故で亡くしてしまう。本当はこの年に「オー・シャネル」という香水の発表を控えていたのだが、絶望を味わった彼女は香水事業をいったん放棄した。

しかし、数か月後にはロシアから亡命してきたディミトリ・パブロヴィッチ大公と恋に落ち復活を遂げる(切り替えの早さも凄い)。そして、彼の知り合いであるロシア人調香師、エルネスト・ボーこそが、シャネル5番を創り上げた男だった。

1921年の5月5日に初めて5番を発表すると、まずアメリカで火が付いた。というのも、第一次世界大戦直後、シャネル本店では「帰還土産」として5番をアメリカ兵に無料配布したからである。
フランスの高級香水は、アメリカで待つ妻や恋人への最高の贈り物となり、当然のようにシャネル5番は大国アメリカで一大ブームとなった。

パリ最新情報「シャネル5番、100年の軌跡」



1950年代に入ると、あのマリリン・モンローがLIFE紙のインタビューで「Just a few drops of N°5(寝るときに着るのは数滴の5番だけ)」と、天才的ともいえるキャッチコピーを世に残す。
マリリン・モンローとシャネルは特に契約を結んでいた訳ではないというから、やはりシャネル5番は「持っている」。

ココ・シャネル自身もたくさんの名言を残しているが、そのなかの一つ「香水をつけない女に未来はない」は今も有名なところ。
しかし、当の本人はなんと大の香水嫌いだったという。それもこれも全ては彼女のマーケティング戦略だったのである。

もはや、偶然とは呼べないシャネル5番のサクセスストーリー。
ココ・シャネルの才能は誰もが認めるところだが、最愛の人の死、世界大戦前後の時代背景、卓越したブランディング能力・・・
どれかひとつでも欠けていたならば、シャネル5番は名香と呼ばれていなかった。

何事に関してもそうであるが、傑物というのは、その並外れた実力だけでなく、バッググラウンドすべてを味方につけたような強運を持ち合わせている。

パリ最新情報「シャネル5番、100年の軌跡」



では香水界の傑物、シャネル5番の香りは何が凄いのか。
なぜ発売から100年経った今でも「女性の憧れの存在」として君臨するのか?
それはおそらく、記憶のなかの「大人の女性」を彷彿とさせるからかもしれない。

小さい頃に嗅いだ、身近にいる祖母や、通りすがりの綺麗なマダムが着けていた香り。
お化粧を覚えるのと同じように、「香りをまとうこと」も大人への第一歩として私たちの記憶に刻まれた。

シャネル5番の真髄は、ラストノートのパウダリーさにある。
その香りはまさに大人の女性の優しさや柔らかさを表現していて、「早く似合うようになりたい」「早く大人になりたい」と子供心に願ったものである。

また、多くの人が囁くように、シャネル5番は強く香る。
60代のフランス女性でさえ「私にはまだ早い」と意見するこの香りは、70代後半から80代の女性によく似合う。
人生で起こった数々のドラマを経て、「全てを超えし者」のようなオーラを身に付けた女性。そういった女性の懐の深さに、ラストノートのパウダリー感がピッタリとハマるのだ。

シンプル&ジェンダーレスが昨今の香水市場のトレンドとなっているのに対し、シャネル5番は時代の流れをものともしない。
むしろ、原点回帰が可能な香水といえるのではないだろうか。
この香りだけは、「女性のための女性の香り」として、終着点でずっと待っていてくれるような気がする。

その反面、この香りは渋めの赤ワインや、落ちかけの口紅もよく似合う。
5番を愛したココ・シャネルも、マリリン・モンローも、2人に共通しているのは、華やかな舞台で活躍したことと、生い立ちが不幸であったこと。
少し影のある女性たちが選んだ香りには、孤独というスパイスが効いている。
優しさと、格調高さと、ほんのちょっとの影が、シャネル5番の芸術性を高めているのだ。

パリ最新情報「シャネル5番、100年の軌跡」



現在シャネルは、5番の香料の産地、南仏グラースでサステナブルな活動を続けている。
2015年より専属調香師に就任したオリヴィエ・ポルジュは、シャネルクオリティの維持と「5番を時代とともに歩ませること」に尽力しているという。

永遠の香りと呼ばれるにふさわしい、シャネル5番、100年の軌跡。
ひとりひとりの人生にドラマがあるように、自分の人生にも1本の香水を添えることができたなら、それはそれで素敵なことかもしれない。

かつて大人の女性から感じた美しい香りを、与える側へと、香りとともに思い出される存在でありたいものだ。(聖)

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